白猫が光に包まれる。
光の中に見える猫の影が、人間のものに変貌。
その姿を人間の少年に変えた。
現れたのは金髪碧眼、中性的な顔立ちの温厚そうな少年。
白猫が光に包まれる。
光の中に見える猫の影が、人間のものに変貌。
その姿を人間の少年に変えた。
現れたのは金髪碧眼、中性的な顔立ちの温厚そうな少年。
オレも同じように光に包まれて、姿を変えた。
あ、見られてしまいましたね
ニコニコと笑いながら少年は言う。
見られて困るものなのか?
いえ、ボクは困りませんけどね。外見は個人情報ですよ。人によっては、あんまり知られたくないでしょう
そうか?
ああ、丁度良い。あれは参考になるかもしれませんね
低い声色で、ニコリとした笑みはそのままに前方を指さす。
確か、その方向では魔物たちが楽しそうに戯れていた気がする。
当然彼らも人の姿に変貌。
視線を動かしてから、理解する。
ああ……
人だかりができていた。
人だかりの中央に立つのは勇者だった。
彼が勇者だと分かったのは、勇者のトレードマークの額宛てにマント、新聞に描かれていた似顔絵と瓜二つの容姿。
どうだ、これで信じただろ? おれが勇者だ。おれが魔王を滅ぼしたんだ
!!
♪
誇らしげに彼は微笑んでいた。
自分を勇者だと言い切れるのは、もはや勇者だけだろう。
――勇者
ほんの数年前、一時は時の人となった。
騒ぎの中心にいた人物。
魔王と呼ばれる災いをあの勇者は滅ぼした。
そのことで彼は一時期だけ大陸の英雄として持て囃された。
それは当然の権利だったろう。
彼と彼の仲間は誰もが嫌がる“勇者一行”となり、前線で戦ったのだから
だけど、それはほんの一時期のこと。
大騒ぎして、パレードをして、盛大なパーティーを開けばそれでおしまい。
彼の仲間たちは早々に次の仕事を探しに旅立ったけれど、彼だけは「勇者」の肩書にしがみついていた。
勇者は魔法剣を扱えた。
それは、彼の側には優秀な魔法使いがいたのだから、
………当然だ。
勇者は常に前線で戦った。
それは、優秀な神官が常に補助魔法をかけていたのだから、
………当然だ。
勇者は無傷で戦った。
それは、優秀なシスターが治癒魔法を使っていたから、
………当然だ。
勇者は多くの敵を剣で薙ぎ払った。
その殆どは、彼の影で重層騎士と双剣使いが倒したものだ。
そんな彼らが側にいない勇者はきっと誰と戦っても負けるだろう。
誰もが、そう思っている。
彼は剣の才能で勇者になったわけではない。
なりゆきだったか、
押し付けられたのだったか、
本人すら忘れているが。
そんな「勇者」を人々はどこか疎ましく思っていた。
人々の気持ちなんて「勇者」は知らなかった。
自分は尊敬された存在だと信じて疑わなかった。
貴方こそ選ばれし勇者です。皆に尊敬される存在となるのです
そう【言われて】勇者になったのだ。
きっと、壊れていたのだろう。
ずっと前から、勇者になった時から。
壊されて、壊れて、
狂わされて、狂って、
彼は勇者として作られた。
災いなんて、どこからでも発生する。
魔王が滅んでも、
異常気象や自然災害がなくなるわけじゃない。
そいつらは、
倒せばそれで終わりの魔王よりも厄介な相手だ。
人間による犯罪だって減るわけじゃない。
人々は何も出来ない勇者になど興味をなくしていた。
今はそれどころではないのだから。
この数年、大陸全土は自然災害に悩まされている。
どんな強風にも耐えられる建物を造る大工や、
荒波にももまれない船を造る職人たちの方が英雄だった。
それくらい、勇者だって知っていたはずだ。
その自然災害に自分は立ち向かえないことも、
彼は知っていた。
だけど、彼は自分が勇者であることを誇らずにはいられなかった。
これは、病気のようなもので、どうしようもないものだった。
だって、誰に何を言われようと……
【彼が魔王を滅ぼした】
その事実に偽りはないのだから。
誰が何を言おうと、
その剣で
魔王の前まで進み出て
剣を突き立てたのは彼なのだから。
その事実は覆せない。
だから、「人間たちは」、みんな勇者に感謝しているはず。
その通りだ、
それは
「人間たちは……」
……の話。
彼は何もわかっていなかったのだろう。
勇者の周りを取り囲む男たちがいた。
………
………
その内の二人が、前に出て勇者の顔をまじまじと見る。
強面の男に睨まれても勇者なら動じない。
何だい? サインならよろこんでするよ
久しぶりのことに、勇者は嬉しかったのだろう。
もしも、この場に彼の仲間の誰かが居れば異変に気付いて引き離してくれたに違いない。
彼の仲間たちは、こんな勇者でも気にかけていたのだから。
仲間たちは王都に残ると言い張る勇者に、
次の旅に出ようと何度も誘っていたそうだ。
たまに様子を見に来て旅に誘うが、
この勇者は断固として拒否していた。
彼らはどうにかして勇者をあの街から引き離したかったのだけど無理だったらしい。
あの狂った街は勇者を引き離そうとしなかったのだ。
彼は、たった一人で、ここにいるのだ。
たった一人で地下に落とされた。
何の為に?
それは、きっと……
彼らの恨みを晴らすために
その姿……お前が勇者だったのか
だから、そうだって……!!!
先ほどまでバカみたいな笑顔を浮かべていた青年の表情が凍り付く。
何が起きているのか理解できなかったのだろう。
愚かな勇者だ。
魔物たちに対して
『俺が勇者だ』
なんて宣言をすればこうなるだろう
だって、勇者が滅ぼしたのは彼らが慕っていた唯一無二の王様だったのに。
彼らの前で堂々と、彼らの王様の殺害を誇らしく語れば………
ぁぁぁぁぁぁ
青年の脇腹から血が噴き出した。
誰も助けない、
誰もが感情のない目で彼を見ている。
勇者、仲間の仇だ
オレにもやらせてくれよ
二人の男たちの暴行に、勇者は手も出せなかった。
丸腰のまま、彼らの拳に屈服する。
や、やめ………っ
………
………
助けを求めようと彼が手を伸ばすが、誰も動いてくれない。
!!
その事実に、彼は絶望で目を見開く。
愚かな勇者でも、ようやく気付いたようだ。
彼の周りに居るのは……
君たち、みんな…………
アイツが勇者
あの男が、そうだったのか
魔物たちだった。
あ………あははは……
じゃあ、しかたないか
勇者は笑う、狂ったように笑う。
受け入れるしかないと思ったら笑うしかなかった。
彼らにとって勇者は忌むべき存在。
自分を取り囲んでいた者たちは全て魔物だった。
彼はもう何も言わなかった。
焦点の合わない目から涙を流しながら、ただ暴力に屈するだけ。
これは彼の罪だった。
騙されて勇者になった哀れな男。
だけど、騙されたとはいえ無慈悲に魔物を殺してしまった。
正しい事だと思って斬ってしまった。
何で、正しいかなんてわからないのに斬ってしまった。