目の前には無骨な扉がひとつ。

 振り返ると、そこには壁しかなかった。

 転げ落ちたはずの階段は影も形もない。

冷たい石の壁に触れ……て、こちらからは戻れないことを確認。

 触れた感触がおかしい。







 

デューク

(そういうことか)


“人外は人外に人間は人外に……”

 その言葉は脳に直接語るようにも聞こえた。

 言葉通りの現象が起きていた。
 これは魔法の一種なのだろうと考える。

 大したことではない、二足歩行が四足歩行になっただけだ。

 どれくらい気を失っていたのかはわからない。

 何者かに背中を押された。
押された、と気づいたときには階段を転げ落ちていた。

 相手を確認する間も与えられなかった。
そのまま階段を落下するなんて迂闊だった。

 考える時間も無駄だろう。

 扉を開いて中に入る。

 念のため、頭の中を確認することにした。
自分は階段を転げ落ちて来た。
つまり、ここは地下ということになる。
 

その先には……

 石畳の床があった、これは床と呼ぶより地面と呼んだ方が相応しい。
 見上げれば天井があった。スカイブルーとホワイトで空が描かれている。
色鮮やかな壁と壁の間の一本道を進む。

少しだけ広い空間に出た。
地下室だが、広場と呼ぶのが相応しいかもしれない。

噴水があった。

近づいて今の姿を確認する。

毛皮は白と銀を合わせたような色。
目の色も変わらず銀色。
二つの耳に、黒い鼻、少しばかり大きな身体の……

狼のような姿がそこに映っている。

 これでは行動が制限されそうだ。

 もう一度、周囲を見渡す。

地下室というよりも、地下都市と思った方が正しいのかもしれない。
幾つかのフロアに分かれているようだ。

パタパタという足音に振り返る。

そこでは魔物たちが追いかけっこをしていた。

わははははは。俺を捕まえてごらん

まて、まて~


 実に楽しそうだ。

楽しそうだね。おれも混ぜてよ


 突然、一匹の魔物が彼らの中に割って入る。

良いけど


 他の魔物たちは心底嫌そうな顔を浮かべた。
 彼らの知らない魔物なのだろう。
 明らかな警戒心を漂わせる。

 遠目からでもわかる警戒心。
それなのに、この魔物は彼らの真ん中に立つ。

みんな、おれに注目。おれ……実は勇者なんだ

えー!

嘘吐き

勇者………

へー、嘘ならもっとマシな嘘ついたら?

そうそう

嘘じゃないぞ、勇者なんだぞ


 自称勇者のそいつは飛び跳ねる。
他の魔物たちは相手にもしない。

 【人外時間】


 その言葉通り、人外の者しかいない。
 動物や幻獣、聖獣、魔物。ありとあらゆる人外の者たちがいた。
元は人間であっても、
元々が人外であっても、
この時間帯は全てが人外の姿になるのだろう。

一見して魔物たちが楽しんでいるように見えるが、あの中に人間も含まれている。
その可能性だってあるのだ。

デューク

(早くラシェルを探さなければ……だな)



 急ぎ周囲を見渡す。

 足元で声がした。

こんにちは

 視線をおろすと白猫が微笑んでいた。
 目を反らし無視をすることも出来たのに、その視線はそれを許さない。

デューク

お前は?

ボクは白猫。お兄さん、黒猫を見かけなかったですか?

デューク

いや、オレは来たばかりだから

そうでしたか。もしも見かけたら白猫が探しているって伝えてもらえますか?

デューク

ああ

ところで、お兄さんも人探しですか?

デューク

よく、わかったな

目が泳いでいますよ。ボクと話をしながら、他の場所を見ていた

 気づかれないように周囲を見ていたが、この白猫には御見通しだったようだ。
 さて、どうしよう。
 こいつに、尋ねるべきかと考えて……

デューク

……うるさい子供が迷い込んでいないか

……さぁ、見かけませんね

デューク

そうか…すまないな

子供だと心配ですね

デューク

ああ

 自分と同じように誰かを探している彼なら、周囲を注意して見ているはずだ。
 だから、何かを知っているかもしれない。
 そう期待をして尋ねたが無駄だったようだ。
 
 俯いていると、落ち込んでいると思ったのか白猫が思い出したように口を開く。

時計職人のところに行ってみてはどうでしょう?

デューク

………そいつは、この館の主なのか

違いますよ。この館に詳しい人です。お兄さんの知りたいことを教えてくれますよ

デューク

そうか

彼を信じるか信じないかはお兄さんにお任せします

 この館に詳しい者がいる。
 そいつが敵か味方かは判断できないが、行く価値はあるだろう。

デューク

わかった……っ

 白猫に礼を言おうとした時だった。

 カラン、カラン

おや

 鐘の音が響く。

 そして、また………
 脳に直接声が、響く…………

【人外は人間に、人間は人間に】

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