劇場での仕事を終えて数日後。
帰り道に請けた(というか、押し付けられた)依頼の品が完成した。
薔薇の花といっても色々ある。
だから、赤と紫と蒼の作品を造った。どれが良いかは依頼主に直接選んでもらえばいいだろう。
劇場での仕事を終えて数日後。
帰り道に請けた(というか、押し付けられた)依頼の品が完成した。
薔薇の花といっても色々ある。
だから、赤と紫と蒼の作品を造った。どれが良いかは依頼主に直接選んでもらえばいいだろう。
蝋細工を造ることは嫌いなことではなかった。自分の世界に没頭できる安らかな時間だ。
作業中は余計なことを考えなくても良いから。
依頼が怪しいと思いつつも造ってしまったのは、半分はそんな趣味の為。もう半分は金銭的な事情になる。
依頼主についても調べてある。
ベン・カサブランカは街外れに住む変わり者の貴族。
この大陸では珍しい、動物愛護集団の総帥だとか。
この大陸では、人間以外は全て道具のような扱いを受けている。
動物や魔物たちは愛玩用に飼われて、飽きれば簡単に廃棄される。
最近では殺すことに抵抗があるからと動物たちをスラム街に放置することが多い。その為、無駄に増えすぎて人間に粗相をすることもあった。
最終的には王国騎士団による討伐という大事に至ることも少なくはない。
だから【野生に帰す行為は罪ではないか、手放すなら責任を持って殺すべきだ】なんて議題で盛り上がっているそうだ。
それに反旗をひるがえしている男。
それが、このカサブランカ氏。
人間以外の彼らを愛し、大事にしていて、いつかは理想郷を造りたいと考えている。
本音はどうだか、わからない。先日の劇場支配人のように、愛でていたいだけの狂人かもしれない。そんなことを考えている内に、薔薇細工は完成された。梱包の終えた箱をテーブルに置いて軽く背伸びをする。
大きな欠伸が零れた。
作業に集中していて、ろくに眠っていなかったようだ。
ひと眠りしたら届けに行くか
・
・
・
気づけば昼過ぎになっていた。
丸一日、眠っていたらしい。まだ欠伸が零れる、立ち上がってテーブルにあるはずのものに手を伸ばす。完成したらすぐに届けるのがオレのスタイルだった。
作品は生ものも当然で、出来立てを届けたい。
?
だけど、そこにあるべきものがなかった。
変わりに紙切れが一枚。
“デュークがねてるから、とどけてくる”
下手な字だが、どうにか読めた。
下手な字だから誰が書いたかも一目瞭然。
あのバカ……………
このミミズようなのは、同居人のラシェルの字だった。
!!
扉が開くたびに、視線を向ける。
今日のデュークはやる気があるのだね
って、向かいの占い師に笑われた。
その通りで今日はやる気いっぱいだ。
おい、どうしたんだい? デュークくん。君がオレっちを呼ぶなんて
そう言って現れたのはクリスだった。いつもは運び屋をしてもらっている相手。チャラチャラしていて気に入らない存在だけど、今頼れる友人なんて彼しか知らない。
ラシェルを見なかったか?
どうしたの?
アイツ、配達に行って……
そう言ってやると、クリスの表情はみるみる青ざめる。
は? あの子はまだ子供なんだぜ。何やらせているんだよ
ごもっともな言葉に、少しだけグサリとする。
………
変態、サディスト、ロリコンがぁぁ
ああ、黙っていればコイツは好き放題言ってくる。
付き合いが長いと遠慮というものがないのだ。
それは、お互い様でもあった。
黙れ
低く呟く。どうやらオレが魔法を使おうとすれば銀色の目が金色に変わるそうだ。
魔法はうまく使えないが、これは威圧するのに丁度良い。困ったときはコレで威圧しろって言ったのはクリスだった。クリスに対してしか使っていない。
部屋の備品がカタカタと揺れはじめるとクリスがお手上げのポーズをとる。
…………
まぁ、とりあえず……落ち着けよ。お前、魔法の修行していないんだからさ。お前が本気を出したら、街が消えるし。そうなったら、多分……デュークしか残らないぞ
………そうだな
俺の目が銀色に戻ったのを確認して、クリスはドンと胸を叩く。
店番はオレっちに任せろ。お前はラシェルちゃんを捜しに行ってこいや
お前に店番だと?
不安いっぱいの視線を向けると、クリスは少しショックを受けたように目を細めた。
確かにオレっちは接客は苦手だよ。盗まれないように見張ることしかできないよ
………だよな
でも今は、あの子の無事が第一だ。この街も物騒だしさ。デュークもラシェルちゃんも、トラブルに巻き込まれやすい体質なんだからさ
………
何故か頭の中でカチンと音がするのを聞いた。言い返そうにも、言い返せない。彼の言うことは事実だったのだから。トラブルを起こすのはクリスだが、自らトラブルに突っ込むのはオレたちだった。
あの子って好奇心の塊みたいなものだしな。外は雨が降っている。雨宿りにフラフラ~って忍び込んでそのままってこともある。
ああ
魔法の対処法も多分知らない。知っていたとしてもデュークと同レベルだ
余計なお世話だ
迷い込んだのが一度入ったら出られない館だったら大変だ。
その可能性が大いにあるので頭を抱える。ああ、そんなことになっては、彼女は自力では抜け出せないだろう。
…………探しに行ってくる
行ってこいや。………っと、コレをラシェルちゃんに渡してくれよ
そう言って、クリスは腰に下げていた鞄から何かを取り出した。紙の容器に入っている、円錐状のフワフワとしたもの。甘い匂いが漂って来た。
これは、甘い塊だな
カップケーキっていうんだよ。差し入れに持ってきたのだけど、丁度良かった。あの子も、お腹空かせているだろ。
カップケーキというのか? クリスは物知りだな。
羨望の目で見てやると、そんなことで絶賛するなよと本気で否定してくる。
一般的な人間たちの中では、このカップケーキとやらは珍しくもないものなのだろう。
………………わかった
受け取って、扉を開くと走り出していた。
思っているよりずっと、自分は早く外に出たかったらしい。
普段より少しだけ、足早になっているのを自分でも感じていた。
いつも彼女が遊んでいる公園に辿り着いた。
いない。
オレは懐からナイフを取り出す。月明りに照らすと刃の部分が琥珀色に光る。
(アイツの気配を………教えてくれ)
目を閉ざし、念じると。頭の中に光の筋が見えた。
(あっちか)
オレは、その気配に従って走り出す。
辿り着いたのは怪しげな洋館の前。
扉は開いたまま。
無用心で不気味な状況だから足を踏み入れるのを躊躇ってしまう。
だけど、ここでラシェルの気配は途絶えていた。
そして、この場所は例の依頼者の屋敷でもあった。
受け取った手紙に地図も記されていて、その地図はラシェルに持っていかれたのだが。念のためにと地図は頭に入れて置いた。
ラシェルの気配を追うことに集中していて、気が付かなかったが。
ここはカサブランカ邸のような気がする。
この予想は次の瞬間に確信に繋がった。
旦那様がお待ちですよ
いつの間にかエントランスには女の影。そいつの姿には見覚えがあった。
君は……
どうぞ、中に
あの日、手紙を押し付けたメイドだが、不気味な気配を感じる。
入ってはいけない。
頭の中に警鐘が鳴り響いていた。
だけど、その先にラシェルがいるのだから立ち止まってはいけない。
……っ
誰かに背中を押されたので問答無用にエントランスの中に入ってしまった。
誰が、と振り返る余裕はなかった。
突然、視界が暗くなる。
カランカランという鐘の音が響いた。
無数の魔法陣が浮かび上がる。
ただ今の時間は『人外時間』です
感情のない女の声が囁く。
顔を上げると、メイドの女は口端を上げて笑って……背を向けて姿を消す。
くそっ
その背中を追おうとしたが、出来なかった。
身体が痛くて、まともに動けない。
【人外は人外に……人間は人外に……】
今度は頭の中に直接……声が響いた。これは男の声だった。
状況を確認しようと、周囲を見渡した。
だけど、
………っ
背中に強い衝撃。
また、誰かが殴った……というより、誰かに突き飛ばされた。
殴られた時に何かを刺されたのか、頭の奥が痛くなって、意識が朦朧とする。
クルクルと視界が回る。
ビシビシと身体の節々が打ち付けられる。
階段を転げ落ちている感じだ。
痛い、痛い……どんどん意識が薄れていく。
ようこそ、デューク。籠庭の世界に
遠くの方で、低い男の声がした。
また、別の声だった。