さて問題。あたしは今何を考えているでしょーか。

もちろん、目の前の優男――そう見えるのは見た目だけで、実際はとてつもなく強い化け物なのだが――に勝つ方法を考えているのだ。

しばしの思案の末、あたしは腹を決めると、勇者たちに話しかけた。

アニカ

ねえ、あたしとエリザなら、アルベルトをなんとかできるかもしれない

ヴァルター

何だって!?
巡礼騎士団が束になっても敵わない化け物を、お前ら二人で?

勇者は目を丸くする。そりゃそうだ。あんな超人的な速さと強さを誇るアルベルトに、そうそう勝てるもんじゃない。普通にやったらあたしも当然勝てない。

アニカ

うん。たぶんやれると思う。
だからあんた達は手を出さないで

ヴァルター

いいけど……。
あんな強敵と戦うなら味方は多い方がいいんじゃないか?

アニカ

いらない。荒野の狩人は狩りのパートナーには完璧にお互いを知り尽くした、完全に信頼できる人間だけを連れていく。ヴァルター達は別行動してた期間もあるし、そこまでの関係じゃないもの

アニカ

その点、エリザのことは左乳房の下にあるハート形のアザのことまで知り尽くしてるしね

エリザ

ちょっ、
いつ見たんですか

ばらす必要のないエリザの身体的特徴をあたしがさらっとばらした事について、エリザが抗議の声を上げる。あたしは構わず、戦闘についてエリザと必要最低限の打ち合わせを行う。

アニカ

あたしが……する間、……して。そんでそのあとまた……するから、その時は……。
どう? やれる?

エリザは神妙な面持ちで、こくり、とうなずいた。

こちらサイドの合意は取れたところで、あたしはアルベルトに向き直り、声をかける。

アニカ

アルベルト!
あんたの言い分も分かるけどね。ここで暴れようってのなら、あたしとエリザが相手になるよ

アルベルト

やめておけ、貴様ではどうやっても俺には勝てん。
彼我の力量の差に気付かぬほど愚かなのか?

もちろん、アルベルトがあたしとは比較にならないくらい強いことぐらい、彼の戦いぶりを目の当りにしたら嫌でも思い知る。
でもね――。

アニカ

自分より強い獲物を狩るのが、狩人なのよ

遥かな太古、四大精霊の王たちがそれぞれ土・水・火・風を持ち寄って、それらを様々な配合で混ぜ合わせ、魔物・獣・そして人間のあらゆる種族を作った。

精霊王たちは自らの作りたもうた各種族に、一つずつ優れたものを授けられた。ウサギが捕食者から逃げられる足が欲しいと言えば、俊敏に跳ねられる強い後ろ足を、狼が獲物をかみ砕く牙が欲しいといえば、鋭い牙と強靭な顎を。

そうして全ての獣と魔物に優れた力を与え終え、人間の各種族に力を与える番になった。
北方のミタン人は魔力を、南方のグラマーニャ人は強固な軍を組織できる統率力を欲し、それぞれ望むままに与えられた。

最後に精霊王は、あたし達の先祖、フーン人に訊ねた。おまえ達の種族はどんな力を望むのかと。

あたし達の先祖はこう言った。
「私達は鋭い牙も、魔力や強固な軍隊もいりません。かと言ってこそこそ逃げ回る足や、隠れるための擬態なども望みません。ただ一つ、自分よりも強い者を狩る勇気をお与えください。勇気がなくては、どんな優れた力も使いこなせませぬゆえ」

フーン人が望んだものは、四大の王たちに大へん気に入られたようで、王たちはフーン人を言祝いでこう言った。
「そなたらはどんな魔物・獣・人間よりもすぐれたものを望んだ。我々はそなたらにそれを授けよう。そして、そなたらはドネイル川の東に広がる荒野すべてを己が狩場として、あらゆる獲物を狩るがよい」

だから、我々は弱いが、どんな強い獣をも狩る事ができる。東の果ての岩の断崖に住む巨鳥ロクでさえ狩る事ができる。それが我々荒野の狩人の誇りだ。
幼い頃に、父から飽きるほど聞かされた話だ。

目の前のアルベルトがどれほど強くても、荒野の狩人たるあたしには狩る事ができる。そのための策はある。
あたしは精神を統一すると、エリザに作戦開始の合図を送った。

アニカ

行くよ!

かなり高度な術法を使うので、どうしても手間と時間をかけることになる。
魔法陣を大地に描き、既定の位置に護符を配置し、精霊王を褒め称える呪文を唱える。

その間エリザは、攻撃魔法を放って必死にアルベルトの注意を引き付けている。戦いの定石から言えば巫術師が前衛で戦うなど考えられないのだが、正攻法で勝てない相手に定石など意味をなさない。

アルベルトは恐ろしく素早い上、一撃でエリザに致命傷を与えるだけの力を持っている。本来ならエリザは自分の身を守るだけで手いっぱいでもおかしくないのだけれど、上手く立ち回ってくれている。
全力でアルベルトの攻撃を避けつつ、奴の注意が少しでもあたしの方へそれたら、すかさず攻撃魔法を放って自分へ注意を引きつける。

あたしの準備が整うまでにエリザの魔力が尽きれば、二人ともアルベルトに瞬殺される。しかもあたしの用意した策ではもう一度、同じようにエリザが注意を引きつけている間に大技を用意しなければならない。この作戦の成功は、あたしの術法の完成速度いかんにかかっている。

アニカ

準備完了!
行けっ!

ようやく準備が完了し、術法『地霊王の機械人形』レベル1を発動する。地の精霊王グノームの卓抜した技術力で組み上げられた機械人形だ。

この人形、体内に土属性の他の術式を詰め込むことができる。すると人形は体内の魔術を霧状にして口から吐き出す。一点集中型の術式を細かい霧状にして広範囲攻撃に替える事ができるのだ。
弱い敵がたくさんいる場合とか、すばしっこ過ぎて攻撃が当たらない相手なんかには重宝する。

そして、あたしがこの機械人形に、容量の限界まで充填した術法は、『地霊王の石化」レベル3.触れれば石化する霊力の霧がアルベルトへ向けて噴霧される。

アルベルトは避けるまでもないと思ったのだろう。エリザに対峙しつづけたまま、霧の向かってくる方向に対して魔術障壁を展開する。

アルベルト

……なっ!?

アルベルトが、埋められたトラバサミにかかった熊の表情をする。

そう、『地霊王の石化』レベル3はどんなものでも石化してしまうのだよアルベルト君。
どんなものでもというのは、つまり――魔術障壁自体もね。

魔術障壁というのは、物体に換算してみれば非常に薄い。それが石になったら脆いことこの上ない。それに対し自動人形はかなりの風速で霧を吹きつけているから、「魔法障壁だった石の膜」はたちまち破られ、石化の霧がアルベルトに降り注ぐ。

アルベルト

くっ……
こしゃくなっ!

魔王たるアルベルトは石化に対してもかなりの耐性はあるだろう。しかし繰り返すがこの術法は「どんなものでも石化する」のだ。石化に耐性のある相手であっても、表面は一応石化する。耐性の度合いが強ければ霧を吹きつけられなくなった瞬間から石化は癒えていくだろうが、とにかく一旦は石化する。
その程度の効き目でも石化により行動を制限されるのは、アルベルトにとって厄介だろう。

アルベルト

ならばその忌々しい人形を壊すまでだ

アルベルトは標的をエリザから自動人形に切り替えるが、自動人形はこれまで以上の霧を吹きつけて応戦する。
霧にさらされる部分の極表面だけとは言え、体の一部を石化されてさすがのアルベルトも動きにくいらしく、容易に目標に近づけない。

だがしばらくするとアルベルトは、機械人形の持つ癖のようなものを掴んできた。たとえば人間の呼吸のように定期的に数秒だけ吹き付けが止むとか、一旦右へ逃げて即座に左へ転進すると、人形の反応が追い付かないとか。そういう人形の弱点を掴んで、うまく霧を避けながら機械人形の目前まで迫ると、強く大地を蹴って体ごと大剣を突き出し、人形を串刺しにする。

人形を屠った勢いそのまま、あたしに襲い掛かろうとするが、その前にエリザの放った魔力の球がいくつもアルベルトに炸裂した。

魔力球が爆ぜる大音声がして周囲に衝撃波が迸るが、実を言うとこの魔術、威力はそれほどでもなく魔力消費も少なめだ。少しでも長くアルベルトを足止めするために、エリザも工夫してくれているのだ。

幸いにもアルベルトは、その派手だが威力のない魔法に注意を向けてくれた。これでエリザがあいつを引きつけている間、あたしはまた大きな術法の下準備ができる。

アニカ

ここまでは計画通り。
あともう一仕事、頑張りますか

あたしは大地に、さっきと同じ魔法陣を描き始めた。

(続く)

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