一心さんの渡米後は激動の3ヵ月間だった。
えー!!!
リストラー!?
ああ、そうだ。
みんな、すまない。
……そんな……。
プロポーズの日から一週間後、
上層部による所得隠しが発覚した。
それに伴い第三者機関による監査が行われ、
芋づる式に様々な問題が明るみにでた。
ほとんどの部門が赤字で、
一部の部門だけが突出した黒字。
不健全な経営に株主らは次々に遠のき上場は停止。
一心さんのいる海外部門は
数少ない黒字部門だったけど、
事業整理に伴い売却される事になり、
現地のIT企業傘下に収まる事になった。
一方、国内の不採算部門は
順次解体されていった。
私のいた新規ビジネス部門も、
功績と言えば海外部門を排出できただけの
不採算部門。
事業整理に伴い、
私はデザイン会社に身を寄せる事になった。
もはや私と一心さんは
同僚ではない。
先行きが不透明なこの3ヶ月間。
私達はお互いを励ましあった。
美咲さん、大丈夫かい?
辛くないかい?
一心さんこそ無理しないでね。
体に気をつけて。
何気なくも気遣いのやりとり。
しかし、いつしか二人の時差は
メッセにも影を落としていた。
ふぅ、ミーティング長すぎ。
やっとお昼食べれる……。
チラッ
一心さん、もう寝ちゃってるよね……。
二人の時間があうのは出勤時間とお昼だけ。
電話したり写真を送ったりなど
考える余裕もなかった。
出勤中のスクランブル交差点。
待ち時間が長い歩車分離式信号は、
接点のない知り合いを増やす。
おはよー。
おはよ!
いつもの女子高生だ……。
今日も遅刻しないで済みそうね。
ふわぁぁぁ……
大きなアクビね……。
彼氏と朝まで電話しちゃったから、チョー眠い。
へ、へぇ〜……。
いいなぁ……彼氏かぁ……。
じゃ、アタシこっちだから!
ばいばーい。
歩行者信号が青に変わると
早朝の働き蜂は
それぞれの目的地へと向かい
散り散りになる。
私は横断歩道を渡りながら
信号待ちの際に聞いた
女子高生の話を羨んでいた。
長電話かぁ……。
私もたまにはそういう事もしたいな……。
そう思った時。
あっ……
私は一心さんの電話番号を知らない事に
初めて気がついた。
メッセが性に合っていた私は、
今までその事を不便とは思わなかったのだ。
……いまさらだけど
……聞いてみようかな。
急ぎ足のまま、
善は急げとばかりにメッセージを入力する。
一心さんの電話番号が知り……
……それは
一瞬の気の緩みだった。
きゃっ!
歩道の縁石に躓く私。
反動で手の中から飛び出すスマホは、
まるでスローモーションのように
車道へと放物線を描く。
あ……あ……
無慈悲な音と共に、
私のスマホはその生涯を終えた。
すぐさまスマホショップへと向かい
紛失手続きを取る。
幸い、同じ電話番号をもらう事ができたし
機種も同じ物にした。
しかし。
アプリケーションのデータ等を復旧する事はできません
……それって…
各種サービスのIDやパスワードの管理は
全てスマホに任せていた私。
SNSのアカウントは
電話番号による復旧の設定もしていなかった。
SNSの連絡先しか交換していなかった
二人のライフラインは
突如として途絶えたのだ。
ボロボロのケースをつけた新品の
スマートフォンを手にショップを出ると
空は清々しいほどに青かった。
私はその悲しき残骸を
ギュッとを握りしめ、
今にも零れ落ちそうな涙を堪えるように
空を見上げた。
……まだ……やりようはあるハズ。
私はメッセの記憶を頼りに
ネットをの情報を漁った。
えっと……
MagerSoftよね……。
あれ、MegaSoftだっけ?
いや、MetaSoftだったような……。
一週間後、ついに私は
一心さんの職場の電話番号を突き止めた。
しかし、時既に遅し。
Oh,Sorry.
He was headhunted.
……え?
へっどはんてっど?
一心さんはヘッドハンティングで
引き抜かれた後だった。
どこへ引き抜かれたかは
知ってか知らずか
答えられないそうだ。
ついに私は打つ手がなくなってしまった。
いらっしゃいませ―。
……。
あのお客さん、また来たわ。
前の職場の向かいにあるカフェテリア。
そこからは私達の思い出の場所が一望できる。
……いつか、一心さんがこのビルに来るかも知れない。
新しい職場も辞め
私は藁にもすがる思いで、足くげに通った。
来る日も。
来る日も。
しかし、その日は一向に来なかった。
……あの屋上で
私達は……誓い合った……
向かいのビルの屋上を眺めながら、
あの日の事を思い出す。
一心さんはどんな顔、どんな声だったか。
日を追うごとに不明瞭になっていく。
……本当に?
いつしか私は
あれは夢だったんじゃないか、と
思うようになっていた。
……だって、あの時しか話してないし、顔も見てない。
存在を確認できたメッセの履歴も、もうない。
……そして私は
自らの記憶を否定するかのように、
カフェテリアに通うのをやめた。
電波を通じて
つづく