海石榴

昨日も遅くまでご苦労だったな、光国

光国

いえ、仕事ですので

海石榴

相も変わらず真面目だな、お前は




朝食を取った私は気が向いて隊長の部屋を訪れた。

海石榴(つばき)という、齢30を超えた男だ。

海石榴

これでも俺は心配してるんだぞ、お前に浮いた噂がないからな、いい加減女の4人や5人作ったらどうだ?

光国

心配ご無用です。私は女性とは縁がないまま終わりそうですので

海石榴

そうやって開き直るな。女と交われることもないまま散るのも味気ないだろう。気になる女もいないのか?

光国

そう仰られても――――

光国

――――はっ!?

おかしい。

今、無意識に喬の顔が浮かんだ。

そして、自分でも分かるくらい顔が紅くなる。
それを、隊長が見逃すはずもなかった。

海石榴

…………へぇ~

光国

な、なんですかっ

海石榴

ウブだなぁと思ってさ

光国

ほっといてください!!

この時、私の中に疑問が芽生えた。

悪戯心、そして単純な興味



それを消化するために、素直に口に出す。

光国

隊長、恋とはどのようなものなのですか?

海石榴

…………

思い切り残念なものを見るような目をされた。




何故だ?

今の質問はそんなに節操なしだったか?

海石榴

DTが

光国

ほっといてください!!

海石榴

……恋と言うものは簡単には説明できぬものだ。胸が高鳴り、頭が溶けるような感覚に陥り、その人のこと以外何も考えられなくなる。謂わば毒薬だ

海石榴

誰かに恋をしても誰かと恋を育んでも、それが大成するとは限らんし時間が止まることもない。幸せとはその掌から零れ落ちて初めてその意味に気づくのだ

海石榴

だからといって恋することに臆する必要はない。家族や友達とは別に、己を最も精神的に支えてくれるものだからな

光国

……隊長も、大成しなかった恋があったのですか

海石榴

……光国、お前にもうひとつだけ言っておこう

海石榴

初恋とは決して報われないものだと、な

今日は非番なのもあり、夕方に館を訪れた。


夕焼けに燃やされた館の外観は何とも言えない程に美しい。

すると、表に人影が見える。

光国

喬?

…………光国様

光国

表に出ていたのか。驚いた

風にあたりたくなりまして。体も少し良くなりましたし、たまに外で景色を愛でているのです

光国

この辺の景色はとても綺麗だからな。夕陽に照らされた今は一層美しい

ええ、私もそう思います

意識とは無関係に高鳴る胸。

この笑顔が今私に向けられたものだということが、更に高鳴りを強くする。

光国

……とはいえ、少し冷えてきたな。そろそろ中に入ってはどうか?

そうですね。光国様が入られるのなら私も中に戻ります

「光国様が入られるのなら」


その言葉だけで、また胸がうるさいほどに高鳴ってくる。


そっと喬に手を差し伸べる。
彼女はそれを取ろうとして――――

…………あっ!

光国

喬!!

つまずいて倒れてくる喬。

咄嗟に足が出てしまった私。

そのまま、彼女を受け止める形で抱きしめる。

み、光国様…………

光国

…………っ

だめだ。

言葉が何も出てこない。


何か言わなければまず彼女を離さなければとあまりにも沢山の考えが頭の中を駆け巡る中で、それでも体は全く動こうとしない。

喬が嫌がらないことをいいことに、更に体を抱き寄せる。

何だろう、この匂い。
彼女からだろうか、嗅いだことのない、しかし決して不快ではない不思議な匂いがまた私の思考を溶かす。

光国

喬…………

…………はい

自分でも情けないくらいに声が震えている。

それでも、私の体は思考をすっとばして勝手に動いてくれる。

光国

中に……入ろう?

…………はい

結局、私のこの想いが恋と呼ぶものだったのかは定かではない。

しかし、この時から私は心から喬を欲しいと思うようになった。
もはや、記憶なんて戻らなくていい。

彼女に、傍にいてほしかった。



隊長の言うことも信用できないものだ。


今の私ほど、幸せに満たされた者は存在しないだろう。

喬が傍にいてくれればいい。



そう思ったこの日から、私は次第に壊れていった。

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