朝
目覚めた私はいつものように下町の茶屋で朝食をとる。
ここの卯紗と琉衣には夢見人になりたての頃から仲良くさせてもらっている。
ちなみに言ってしまえば、私が仲のいい女性はこの二人だけだ。
歳がだいぶ離れているために恋愛感情を抱いたことはないけども。
ふわあぁ~~
眠たそうですねぇ光国さん。昨日はお忙しかったんですか?
まーた女性の尻を追いかけてたんでしょ?
琉衣は私はなんだと思ってるんだ……
朝
目覚めた私はいつものように下町の茶屋で朝食をとる。
ここの卯紗と琉衣には夢見人になりたての頃から仲良くさせてもらっている。
ちなみに言ってしまえば、私が仲のいい女性はこの二人だけだ。
歳がだいぶ離れているために恋愛感情を抱いたことはないけども。
…………
昨夜のことは夢ではなかった。
当然のことではあるが、覚えていた。
世の常に倣い、ほおを引っ張ってみた。
普通に痛かった。
やはり、夢ではなかった
喬は実在するんだ。
何故かはわからないが、ただそれだけでホッとして体から汗が噴き出そうになる。
こんな感覚初めてだ。
はい!羊羹お待たせしました!
ありがとう、卯紗
光国、嫁にはやらないからね
本当に何を言っているんだ……
光国!
やあ
彼は高明(たかあき)という、私の知己だ。
夢見人のまとめやくである隊長の御子息でもある。
どこか気楽な性格だが、情に厚い男だ。
昨夜は帰りが遅かったな。どこまで行っていたのだ?
東の杉林だ。移動したとたんに目覚めたらしくてな、おかげで置いてけぼりを食らってしまったんだ
……それが昨日の最後だったと?
いかにも
そういう高明はどうだったのだ?私が帰って来た時には床についていたと思うんだが
恐らくそれは床に就いた瞬間だったろうよ。僕の方も北の山から命からがら逃げきったんだ
それって――――
あの山、なんでいつも吹雪いてるんだろうなぁ
凍死山という年中吹雪が起きる山のことだ。
別の世界でも同じ山が存在しているらしいが、何故この世界でも起きてるのかは見当もつかない。
誰かが吹雪の山の夢を永遠に見続けているのだろうか。
まぁ今日の夜は非番だからゆっくり体を温められるよ。どうだい、ついでに旧交を温めるというのは?
生憎だが、私は今日も仕事なんだ
それに――――
ハッとして口を止めた。
「うっかり」喬のことを呟くところだった。
どうした?
い、いや――――
待て。
おかしいだろう?
何故喬のことを話すのをためらった?
何も困ることはないだろう。
杉林の館に記憶を失った女性がいると
何かの拍子に記憶を取り戻す可能性があるから自分が責任もって様子を見ることにしたと。
何故、私はためらったのだ?
……光国?
――――いや、すまない。なんでもない
まぁ今回は遠慮しておくさ。また休みが重なったら一緒に鍛錬でもしよう
ああ、楽しみにしてる
意図的に連れてきたわけでもないんだがな!!
どういうわけか、今日の蝶も杉林まで来ていた。
なんだろうか、最近の夢は杉林をさ迷うのがトレンドなのだろうか。
内心喜んでる自分がいるのも確かだが、少し運命というものに感謝している。
あとは、ここで蝶が消えてくれれば…………っ
これで、今日の仕事は終わりだ。
正直二日連続で寄るつもりはなかったのだが、せっかくの機会だ。
何か思い出しているのかもしれないと、私は逸る気持ちを抑えながら館へ赴く。
もし……喬、いるか?
…………
今日も…………来てくださったのですね
私が責任もって様子を見ると言ったからな。なるべく頻繁に顔は出すさ
…………罪なお方ですね
まるで、仕事を言い訳に私に会いに来たと言ってるみたいです
い、いや、私はそんなつもりは――――
ないだろうか?
本当に?
反射的に心の中で言い訳を並べてしまう。
そんなもの「まるで無意味」だと知っているはずなのに
ところで、昨日の今日だが何か思い出せそうかな?
…………蝶
蝶が……とてもおぞましく不気味に思えます
蝶が?
不思議なことを言うものだ、光国はそう思った。
基本的に夢を見てる蝶と化した魂は、厳密にはこちらの世界を認識しているわけではないため、こちらの住人に危害を加える可能性は皆無だ。
例外として、こちらの世界特有の蝶はいるが、この付近の林には生息していないため、少なくともこの林においては何も蝶を怖がる必要はない。
それとも、蝶と記憶に何か関係があるだろうか?
喬、心配することはない。蝶が君に危害を加えることはない。安心しなさい
本当……ですか?
もう一度安心させるために頷いて見せると、彼女はやっと肩の力を抜いてくれた。
そんなに蝶が怖いのは……何か理由が?
分かりません……ですが、とても怖くなりまして
…………っ!?
ごめんなさい光国さん。幻滅いたしましたか?蝶にすら怯える矮小な娘だと
幻滅など……何を………っ
何故だ?
何故彼女に袖を握られるだけでこんなに胸が高鳴るのだ?
たかが袖をつままれただけなのに……何故彼女を今までより近くに感じられてしまうのだ?
何故、私はこんなにも彼女を抱きしめたがっているのだ?
光国様?
――――い、いや、何でもない
そろそろ戻らねばならん。また来る
口早に言ってすぐに背を向ける。
おそらく首の後ろまで真っ赤に蒸気しているのだろうが、少しでも彼女にバレたくなかった。
…………喬
はい?
これからは、私だと分からない限り障子を開けてはならないぞ
口から勝手に転がり出てきた言葉だ。
自分でも何を言ってるんだと思う。
ただ、それ以上に喬を誰にも見せたくないという思いの方が圧倒的に強かった。