馬車に迫る影は短剣を放っていた。フィレイグの言葉を感覚で捉えれなかった者――身構える反応を見せなかった者を目がけて一直線に短剣は飛んだ。

護衛兵C

ぐほぁっ!

護衛兵D

っえ?

 突然、仲間の喉元に短剣が刺さる。危機を脱したと思った直後の出来事。馬車よりも高い仲間の血飛沫を視界にした時、護衛兵の顔色が真っ青に変化した。

護衛兵B

崖の上だ!
御者! 早く馬車を出発させろ!

護衛兵E

くっそやろーがぁっ!

 崖の上が見やすい位置に立っていた二人は、即座に動く。

フィレイグ

専守に徹するのだ!
その者は手練れだ!
私が行くまで堪えろ!

 まだ馬車まで距離のあるフィレイグが叫ぶように馬上から命令を飛ばす。その声も虚しく、硬直する護衛兵の頭上から、手練れが襲い掛かった。

護衛兵D

な、なん……で……

 膝を崩し前に倒れる護衛兵の目には、手練れの追い打ちが迫っていた。次の瞬間に激痛が全身を駆け抜け、そして意識が途切れた。

手練れ

……

 手練れは物言わず淡々と事を進める。パニックになった御者に一閃。次の瞬間には、首が胴体から離れて転がった。

護衛兵E

てめぇ何だこらぁ!
ぶっ殺す!

 荒い言葉を吐いた護衛兵の剣は空を切る。同時に、横っ腹を深く鋭く切り込まれた。生まれてこの方感じた事のない痛みが、全身を支配するように感じた。そして馬上から激しく落ちた護衛兵は、ピクリとも動かなくなった。

護衛兵B

絶対に馬車に手出しさせん!

手練れ

……

 フィレイグの命令通りに、馬車を護る事だけに専念する護衛兵。仲間の度重なる死を脇に見てもなお、実直に任務を遂行していた。

 ――悪寒。背筋が凍る様なその悪寒は正しかった。手練れの剣は、守りに徹していた護衛兵の胸を深々と貫いていた。

護衛兵B

な、にぃっ!
これほどまでに、速い、と、は……

 力なく落馬する護衛兵。地面に頭から落ち、鮮血が大地に染みた。

護衛兵A

危険です! お待ち下さい!

 馬車の中から聞こえてきた声は、馬車内に残っていた護衛兵のものだった。そして、その声のすぐ後に降車する者がいた。

レスティオーネ

もうおよしになって下さい。

 詠弦公フィガロの妻でフィレイグとフィリオーネの母・レスティオーネだった。透き通る様な澄んだ声色で、手練れに話す。

レスティオーネ

私の命でよければ、
差し出しましょう。
しかしそれで
終わらせて下さい。
この不毛な殺し合いを。

手練れ

わざわざ殺されに出てきたか。

 僅かに目を見開いた手練れ。始めて発せられた言葉は、女の声だった。手練れはゆらりとレスティオーネに近付き、剣を向ける。

 レスティオーネと手練れを分断するように、手槍が地面に刺さる。

フィレイグ

そこまでだ!
貴様がなぜ我々の命を
狙うかは不問にしよう。
その代わりに
我が剣に答えよ!

手練れ

…… 

 馬車に戻ったフィレイグは、手綱を引き上げ馬を御した。その眼光は覇気を携え、真っ直ぐに手練れを見据えていた。

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