ユフィは決意した。妹の病を治す方法。それを探す為に、城塞都市ディープスに向かう事を。ディープスで鍛冶屋をしていたタージンは、顎を上げギュッと目を閉じた。

 静かにドアが開いた。ドアの先には、ネピアが立っていた。その眼差しは強く、姉であるユフィに向けられていた。

ネピア

お姉ちゃん……。

 間違いなく直前の会話は聞かれていただろう。姉の危険を顧みない言葉を、自信に向けられた愛の深さを、どうする事も出来ない病への憤りを、ネピアは改めて感じているのだ。

ユフィ

……ネピア。

 姉妹の交差する眼差しは、名を呼ぶ以上の事を伝えあったのだろう。そこには、誰も口出しをする余地はなかった。

ユフィ

きっと良い方法がみつかるわ。
いや、見付けてみせる。
どんな事をしたって必ず。

ネピア

そうやってすぐに一人で決める。
お姉ちゃんらしいけど、
今回ばかりは駄目だから。

ユフィ

そんなに無茶するわけ
ないでしょ。
違う角度で調べる。
それだけよ。

ネピア

絶対うそ。
お姉ちゃん、ネピアの事になると
すぐに無茶するし。

 何も知らない者が見れば、姉妹の日常の口喧嘩にしか見えない。だがこれは、二人の未来を大きく変える選択肢。それを決める会話だ。
 ネピアは眉を吊り上げて、いかにも不服そうだ。ユフィはそれを受け、逆に穏やかだ。

ネピア

それにお姉ちゃんは、
いつでもネ……

ネピア

ピ……っくっ!

ユフィ

ネピアッ!

 今迄元気にしていたネピアの言葉が詰まる。胸が苦しそうだ。両の手を胸元で交差し、ただ痛みに耐えている。症状がどのようなものか知らないハル達でも、相当な痛みである事が分かる。

ネピア

お、ね……がい。
あ……ぶ、ない、事、しない……

ユフィ

分かったわ。
だから喋らないでっ!

ネピア

よ、よ……かっ、た……。

 呼吸もままならないネピアは、ユフィの腕の中に抱かれて、痛みを堪えている。命に別状はないとの事だが、このような痛みと日常的に戦わなければいけないのは、気の毒すぎる。それに、いつ病状が悪化するかも分からないのだ。

 この夜、ネピアは自宅に運ばれ安静にした。ハルとメナもユフィの自宅に戻り、大人しくネピアを見守った。

 ――翌朝。

ネピア

ハルさん、メナさん、
昨晩はすみませんでした。

メナ

とんでもない。
ネピアさん、身体大事にね。

ネピア

もっと色々とお話したかったのに
残念です。
絶対に無茶な真似はしないで
くださいね。

ユフィ

色々と助かったわ。
この街からだけど、
妹と二人であなた達の
成功を祈っているわ。

 ユフィは朝早く起きて作った弁当(すべて生もの)と、携帯食になる干し肉などを手渡した。

ハル

おおおおー!
ありがたいっす♪

メナ

わぁ、こんなにもありがとう。
すごく助かるわ。

 ユフィの自宅で挨拶を交わす。たった一日だが、多くの言葉を交わした。出会いがあれば、また別れもある。胸にこみ上げる熱い思いを、四人はそれぞれに抱いていた。

 リュウの住む屋敷にも顔を出した二人。主人は不在だったが、リュウとは言葉を交わし、別れを告げた。

 ベインスニクを出発したハルとメナは街道を歩いていた。街道からは茶畑が一面に広がっている。太陽は真上に輝き、昼を知らせていた。

メナ

あ!

ハル

ん?

メナ

ああ~。

ハル

んんん?
どしたっすか?

メナ

今、気付いたけど……

ハル

メナ

私達1ガロンも持ってなかった。

ハル

また、ひもじい思いを
する羽目になりそうっすね。

 景気の悪い話をする二人の脇を、馬車が追い抜いて行く。商人の荷馬車ではなく、客を何人か乗せて移動するタイプの馬車だ。当然運賃など払えぬ二人には、指を咥えて眺める対象でしかない。

ハル

そろそろ昼飯にぃ~……

メナ

お弁当は生ものだけど、
夕方くらいまで持ちそうだから
今日は昼夜兼用にしようね。

ハル

わ、わ……
わかったっすぅ~。

 メナが食料を管理している以上、節食は必須。ベインスニクで旨い物を食べていた二人には、厳しい旅路となりそうだった。
 時々街道では、人々とすれ違う。移動を目的とする者もいれば、そんな旅の者を相手の商人も見かけた。

お~い、素通りかぁ?

 前途多難な二人の後ろから声がする。

お~い。

 後ろは後ろだが、今すれ違った男の声に違いない。振り向く二人。前方から来た人間に知り合いはいるはずもない。メナは旅人目当ての商人だと察知した。

メナ

私達、1ガロンも持ってませんよ。

 貧乏を振りかざせば、大概の商人はすぐさまそっぽを向く。それを笑顔でやってのけるメナも、随分と貧乏暮らしに箔が付いてきたものだ。
 だがそれを聞いた男は笑った。背景の自然に溶け込むような爽やかな笑い声だった。

リュウ

おいおいおいおい。
そんなに貧乏なら
素直に礼を受け取れって。

 声の主はリュウだった。

メナ

あ! あれ?
リュウ!?

 リュウだと知ったメナは、自分の言葉を思い出して、おもいっきり赤面した。

ユフィ

ほんと馬鹿ね、あなた達は。
リュウの家は大商人なんだから、
少しくらいお礼貰ったって
バチなんかあたらないのに。

 リュウの隣にはユフィもいた。

 なぜここにいるのかさっぱり分からなかったが、早すぎる再会にハルとメナは喜んだ。

ハル

おーーーーー♪
二人共、何してるっすか?
あー、リュウは商人だから
ここで商売してるんすね。

リュウ

んなわけねーって。
相変わらず天然だな。
馬車で追い掛けてきたんだよ。

メナ

なんで? なんで?
なんで二人がここにいるの?

ユフィ

やっぱり行く事にしたの。
ディープスに。

メナ

え~!
ネピアさん大丈夫なんですか?

リュウ

朝に色々とあってな……。

 リュウは事の経緯を二人に話した。

 昨日屋敷に帰ったリュウは、ネピアの病について、屋敷専属の医師に見解を聞いた。その医師は一流の医師であり最新の治療技術と知識を持っているそうだ。医者の見解は、「ゆっくりとだが病状は深刻化する」との事。
 ハルとの別れの後、医者を連れユフィ宅に。ネピアを実際に診てもらうと、「症状の悪化は止めれない」と診断。早ければ数年後に、命の危険もあるという。しかし以前、違う医者に教えられた病状を抑える方法に、改善の余地があるとの事だった。

リュウ

現状、治す方法はないって事だな。

 リュウの話は続く。

 そこでユフィがディープスに行くと決断した。ネピアも必死に止めたが、ユフィの意志は揺るがなかったという事だ。

ハル

で、妹さんは?

 いつも見せない神妙な面持ちでハルは聞いた。

リュウ

ベインタック商会で
預かる事にしたよ。
うちの屋敷だ。
ハルの希望以上だろ?

ハル

さっすがリュウっす。

ユフィ

えっ?
ハルの希望?

リュウ

あー、言ってなかったな。
自分に対するお礼をするなら、
ネピアに良い医者の一人でも
紹介してくれって、ハルがな。

ユフィ

…………ハル……

 目を丸くしたユフィの瞳が潤む。自分達の心配を余所に、他人の、しかも旅先で一日知り合っただけの者に対する思いを優先する。その思いはユフィの心を貫いた。

リュウ

安心していい。
ネピアは責任持って、
我がベインタック商会が守る。
商人は信用が第一だ。
恩には礼をもって応える。

メナ

リュウかっこいい~♪

ハル

うおっし!
それなら四人で行くっすよ。

ユフィ

ハル、メナありがとう。
リュウも感謝するわ。

 ユフィの微笑む頬に涙が走る。茶畑を通り抜けてきた風は、その涙を拾ってディープスの方角に吹き抜けた。

~伏章~に続く――

 ~新章~     15、恩には礼を

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