強烈な威圧感を前に、アルマは全く恐れることなく真っ直ぐ目を見返していた。俺はというと、その威圧感からどうにか逃れたくて、アルマの隣で縮こまることしか出来なかった。威圧感の主ーー館主は、小馬鹿にするように鼻を鳴らして言った。
……タナイストを買いたい…か
はい
強烈な威圧感を前に、アルマは全く恐れることなく真っ直ぐ目を見返していた。俺はというと、その威圧感からどうにか逃れたくて、アルマの隣で縮こまることしか出来なかった。威圧感の主ーー館主は、小馬鹿にするように鼻を鳴らして言った。
貴方がどこの家の出かは知りませんが…シルフは我が娼館の花なのですよ。わかりますか?花です。一端の貴族が用意できる金じゃあ、到底取引できるものではないんですよ
そうですか…
一端の貴族って…あれ?でも、アルマは確か…
それでは…一端の貴族でしかない僕の持ち金じゃ、シルフは到底買うことなんてできないでしょうね…
ええ、その通りです。ですので、本日はお引き取りいただくか…それとも、そういう意味で、シルフを買っていかれますか?
いえ。僕とシルフはあくまで友達ですから…そういうのは結構です
ちなみに……シルフを買うなら、どれだけのお金が必要でしょうか?
アルマの問に、館主は至極面倒くさそうな顔をして、手元の金貨を弄んだ。
娼婦や男娼の相場は金貨15枚ですので…シルフはその2倍と言ったところでしょうかねぇ…まあ、そんな大金早々…
アルマの目が鋭く光る…それは、半ば勝利を確信したような目だった。
それは、金貨30枚もあれば十分…ということですか?
そうですねぇ…それだけあれば、こちらとしても文句のつけようはありません
それなら…
アルマは懐を探り、小さめの布袋を机に置いた…重たげな音と、金属が擦れ合うことがした。
……こ、これは…なんです?
金貨30枚
………は…?
いやー、本当に偶然持ち合わせがありまして…僕ってば幸運な一端の貴族ですね
な……!そ、そんな馬鹿な!?
館主が慌てて袋の中身を確認する…その中には、きっちり金貨30枚が入っていた…
これで、シルフを僕に買わせていただけますよね?
…………
ふふ、そうですね…貴方は頭がいい…
館主は金貨が入った布袋を受け取り、俺を一瞥した。その目には、怒りとも悲しみとも取れない、不思議な光か宿っていた。
……ひとつお聞きしても?
はい、何でしょう?
どうして、たかが男娼のためにそこまで?
そんなの簡単ですよ
アルマはチラと俺を見て、それから館主に向かってニッコリと口元に笑みを浮かべた……でも……
僕のそばにいて欲しかったから。それだけですよ
その目は、館主を軽蔑するかのように、酷く冷め切っていた……。
そうして、わずか10分後には、俺は豪奢な馬車にゆられていた。仕事の送迎の時に使われていたあのボロ馬車とは違い、ふかふかの椅子とティーテーブルが備された、正しく貴族御用達と言えるものだった。
馬車は乗らないつもりだったんだけどね…君ボロボロなんだもん。歩いて行ったら、そのまま壊れちゃいそうだ…家に着いたら、もっとしっかり手当するからね
……うん……
…………ごめんね、シルフ
は…?
こんなの、友達同士のやり取りじゃない…僕は、君を『モノ』として、金を出して買った…他に方法が思いつかなかったとはいえ、最低なことをした……本当に、ごめんね…
そう言って、アルマはその場で深く頭を垂れた。俺はどうしたらいいのか分からなくて、でも、何か言わなきゃいけないと思って、しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
あ、謝るな…どうしたらいいか分からなくなる…!俺は怒ってないし、それに…その……あの……
アルマなら、俺を助けてくれるって…俺を、大切にしてくれるって、思うから…だから、アルマなら…いい
!!!
し、シルフ……
俺が言うと、アルマは咄嗟に顔を背け、そのまま黙り込んでしまった。ただ一言、こう呟いてーー。
心臓に悪いよ…本当に、もう…