タナイスト、お前、最近どうした…?

シルフ

………なにが

何かあったのか?前と打って変わって…なんつーか…いろいろ酷いぞ

シルフ

………ほっとけ

嫌味にもなんか勢いねえしさ…貴族さんと何かあったのか?

シルフ

死ね

う…マジトーンじゃねえか…俺でよきゃ相談乗るぜ?

シルフ

じゃあ話しかけるな。まだ着かないの?

ああ…いや、もうすぐそこーー

シルフ

ここでいい。降ろせ

……おう…

シルフ

……帰り、いらないから

は…?で、でも…

シルフ

いらない

…………わかった

馬車から降り、今日の仕事場へと向かう。例の公爵様だ。朝から晩まで相手をして欲しいそうで。おめでたい奴らだ……殺してしまいたい。
ボロ小屋まで行き着くと、公爵が外で待っていた。珍しい。お出迎えってか?笑わせるな。もう何をされたって笑えないが。

待っていたよ、シルフ。さあ、中へ入ってくれ

シルフ

……………

俺は挨拶もせずに小屋へと足を踏み入れる。そんな俺の様子には気を止めず、公爵も続いて中に入った。鍵を閉めるや否や、覆いかぶさるようにして俺に抱きついてきた……気持ち悪い。

シルフ…実は、今日は夜の相手以外に…話というか、提案があってだな…

シルフ

何です?

公爵の抱擁をやんわりと振り払い、俺はそばにあった椅子に腰掛けた。相手から手を出されるまでは、こうしているのが俺達の掟だ。決して、その気があるように見せてはいけない。変な勘違いをさせて、殺された娼婦達を何人も見てきた。それを防ぐためだ。

どうやら…私は本当に君のことが好きらしくてな…

シルフ

そうですか。ありがとうございます。これからもご贔屓に

いや、違くて…

公爵は椅子に座る俺に目線を合わせ、触れるだけのキスをした…どういうつもりだ?いつもなら獣のように襲ってくるのに…。

君を…身請けしようと思う

シルフ

…………は?

公爵の言葉に、思わず素で返してしまう。身請け…だって?

金ならいくらでも出せる。君のためならね?狭苦しい娼館に閉じ込められている君を想像したら…いてもたってもいられなくなってね

身請け……それには二つの意味がある。本当に愛された娼婦が、男に買われていって、自由と幸せを手に入れるパターン。もう一つは、一生主人の慰めとして生きることを強要されるパターン。残念ながら、男娼の場合は漏れずに後者だ。男を本気で愛する男なんて、いるはずがないだろう?

君を自由にしてあげたいんだ…私のもとに来れば、何不自由なく暮らせるよ?金にも、食事にも、娯楽にも…恋人が嫌だというのなら、私の息子として引き取るというのはどうだろう?君は磨けばものすごい逸材になるはずだ…実は、私は魔力研究者の端くれだったもんでね。君から感じる魔力は相当なものだ。きっと、王国騎士にも匹敵するほどの力を持っている…そうだ、それがいい。いっその事王国騎士を目指してみないか?君ならきっとーー

シルフ

…………るな

……は……ふぐお!?

気がつくと、俺は公爵の顔面を殴り飛ばしていた。骨が折れたような気がする…。

な、何を…!?

シルフ

ふざけるな…ふざけるな!!

お、落ち着いてくれシルフ!!安心してくれ、私がずっと側に…

シルフ

そんなの、そんな気遣いなんていらない…!恋人が嫌なら息子で?意味がわからない!!そんなの、何だって嫌に決まってるだろう!

し、シルフ…

シルフ

………帰る

ちょ、ちょっと待ってくれ…!

シルフ

顔面ぶん殴ったやつを犯したいか?気休め程度にはなるかもな!

鍵を開け、乱暴にドアを開ける…公爵が何事か叫んだが、それを聞く前に俺は走り出した……何をしているんだ…これじゃあ、稼ぎが0だ…金貨1枚でも貰っておくんだった…。

シルフ

あの公爵だって、根っからの悪人じゃなかったかもしれない…殴ることなんてなかったんじゃないか…?本当に……なに、やってんだ…俺……

どんな経路を辿って帰ってきたのかは覚えていない。でも、気がつくと体中細かい擦り傷だらけで、両膝は擦りむいていた。体中土に塗れ、ひどい有様だった…。

シルフ

………また、怒られるかな…?

重い足取りで入口に向かう…と、なにやら中が騒がしい。控えめにドアを開け、中を確認するようにのぞき込んだ…するとそこには、本来いるはずのない人物がいた。

だから、今日タナイストは…

アルマ

待ちますよ。そのために、今日はここに来たんですから

……はぁ……あのねえ、ここはそもそもお前みたいなお子様が来るところじゃないんだ。わかるだろう?

アルマ

それなら、シルフのような子どもが働く場所でもないはずですが

あいつは……ちっ…めんどくせえガキだな……

シルフ

………アルマ……?

受付の男性と対峙するように、アルマがそこにいた。あいつ…何しに来たんだ……?
しばらくそのままでいると、受付の男が俺に気づいたようだ。一瞬渋い顔をして、引っ込んでろ、と訴えかけてくる。が、その瞬間をアルマは決して見逃さなかった。

あっ…!

アルマ

!シルフ!!

待ち合わせをしていたあの時のように、アルマがこちらに駆け寄ってくる……だめだ。

シルフ

来るな!!

アルマ

えっ…?

俺は開きかけていたドアを完全に閉め、娼館に背を向けて走り出した。

アルマ

待って!!待ってよシルフ!!

すかさずアルマが追いかけてくる…その距離はどんどんと縮まり、俺はすぐにアルマに捕まってしまった。

アルマ

待ってシルフ…って、どうしたの?ひどい怪我…!

シルフ

見るな…

アルマ

……あそこ、救急用具くらいあるよね?手当しなきゃ…

シルフ

見るなって言ってるんだ!!

アルマの手を振りほどき、その場にうずくまる…この姿を見られたくなくて、少しでも、見られる場所を少なくしたくて…。

アルマ

……シルフ

シルフ

見るな…見るなよ……汚いから……見るな……

アルマ

…………

シルフ

何しに来た…?あいつの言う通り、お前みたいなのが、来るところじゃねえ……お前は、来ちゃいけない場所なんだ……わかるだろう?

アルマ

……そうだね。教育には良くないかも

シルフ

そういう問題じゃ…!

アルマ

君も、あんなところにいちゃいけない

シルフ

いるしかないんだ…!俺は…俺は……売られた子どもだから…

アルマ

………ごめんね。君から連絡が来なくなってから、いろいろ調べたんだ…君、ここの花形なんだって?

シルフ

………

アルマ

一番美しいのに、一番格安でサービスをする男娼がいる…君のことだね?

シルフ

……………

アルマ

……シルフ、顔を上げて

シルフ

嫌だ

アルマ

お願い

シルフ

嫌だ

アルマ

………ちょっと痛いよ?

シルフ

は…?

俺が返した時にはもう、俺は宙を舞っていた。脇腹が軋む音がする…そこで、俺はアルマに殴られたのだと、初めて気づいた。

シルフ

づっ……あぁ……!!

アルマ

この大バカもの!!どうしてそんなに自分を卑下するんだ!

シルフ

卑下……って……

俺は咳き込みながら跪き、アルマと対峙した。すごく怒っている…でも…

シルフ

……わからないだろうな

アルマ

何だって?

シルフ

わからないだろうって言ったんだ!温室育ちで教養もあって、親にも環境にも恵まれたお前には!!俺のような、必要価値さえ見いだせない、生きているのかもわからない下賎で汚れた魔族の気持ちなんか!!

アルマ

わからないよ

シルフ

……開き直ってんじゃ、ねえよ……

アルマ

わからない。だから、僕はこんな方法でしか、君をここから連れ出すことは出来ない

跪く俺に、アルマが手を差しのべる。色白で、でも、ところどころ擦り切れている…努力家の手だ。そして、たしかにその手には、血が通っている…。

アルマ

僕の騎士になって欲しい。そのために…僕に買われてくれ

pagetop