世界は混乱に満ちていた。


なぜなら魔王ミュラーがその強大な力で
破壊と暴虐の限りを尽くしているから。

悲しみと嘆きと絶望が世界を包み始めている。



魔族以外の種族は必死に抵抗しているけど、
その圧倒的な力の前に連戦連敗。
世界が魔族の手に落ちるのは
もはや時間の問題かもしれない。


そんな状況を見かねて僕は旅に出た。
世界に平和をもたらすために。



――だって僕は勇者だから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

アレク

あ、こんにちは。

魔族兵士

勇者アレクめ、死ねぇっ!

アレク

……ごめんなさい。

 
 

 
 
 
 
 

 
 

魔族兵士

ぎゃあああああぁ……
……ぁ……っ……。

 
 
岩陰から襲ってきた魔族は
僕の剣による一撃を食らって
断末魔の叫びを上げた。

そして体は灰となって風に消える。
 
 

アレク

今日はこれで35体目か……。

 
 
僕は小さく息をつくと、
剣を鞘に戻して歩くのを再開させた。


次に魔族が襲ってくるのはいつかな……?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
故郷の村を旅立って以来、
僕は通りがかった各地で魔族を倒してきた。


最初の頃は自分から魔族たちのいる場所へ
出向いていたけど、
今では僕の情報が広まったこともあって
向こうからやってきてくれることがほとんど。

だから探す手間がかからず、
魔族を倒すことができる。



ちなみに神様は僕に戦う力を
過剰なくらいに与えてくれたみたい。

ハッキリ言って上位魔族でさえも
実力の1%も出さずに滅している。
まさに無双状態だ。



――そして僕には魔王を圧倒する力があると
本能的に気付いてしまっている。

でもきっとこれには意味があるのだろうな……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

アレク

これ、美味しそうですね。

店員のおじさん

オーレンの実といって、
この地域の特産なんだよ。
甘くてうまいぜ!

アレク

じゃ、ひとつ頂けますか?

店員のおじさん

毎度! 10ルバーだ!

 
 
プラム村の市場を散策していた僕は、
屋台のおじさんに硬貨を渡して
真っ赤に熟した果物を購入した。

それを一口かじって咀嚼し、
口の中で優しい甘みを楽しんでから
ゴクリと飲み込む。
 
 

アレク

うん、確かにおいしい。
香りも心地いいや。

 
 
名物を味わったあとは、いよいよ本題。
屋台のおじさんに質問を投げかける。
 
 

アレク

あの、少しお訊ねしますが……。

店員のおじさん

なんだい?

アレク

この近くに『希望の森』という
場所があると聞いて
旅をしてきたのですが、
ご存じないですか?

店員のおじさん

あぁ、それならこの村の西だ。
でも近付くのは
やめておいた方がいいよ。

アレク

どうしてです?

店員のおじさん

あの森には数年くらい前から
人間嫌いのエルフが住みついてね。
立ち入ろうとすると
攻撃をしてきやがるんだ。

アレク

へぇ……。

 
 
僕は軽く相槌を打った。

でもその情報はすでに知っている。
この国に入って以来、
いくつもの町で噂になっているし。


もう少し詳しい状況が聞きたいな……。
 
 

店員のおじさん

しかもメチャクチャ強い!
短剣、弓、魔法、
どれも超一流の腕だって話だ。

店員のおじさん

ご領主様が成敗しようと
名の知れた傭兵を派遣したんだが
手も足も出ずに返り討ちさ。

アレク

そのあとはどうなったのです?

店員のおじさん

退治は諦めたみたいだな。
まぁ、森に近付かなければ
何も害はないから、
そのまま放っておかれてるよ。

アレク

そうでしたか。
それほどの強さとはねぇ。
ぜひ会ってみたいものです。

店員のおじさん

は? アンタ、気は確かか?
痛い目に遭わされるぞ?

アレク

あ、誤解なさらないでください。
ただの願望ですよ。

 
 
その後もこのおじさんや
ほかの屋台の人たちにも聞き込みをしたけど
あまり有力な情報は得られなかった。



希望の森の最寄りであるプラム村で
この程度の情報か……。

やっぱりその場で適切に対応するしかないな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

アレク

なるほど、
この森には聖なる力が満ちている。
下位のモンスターは
近付くことさえできないだろうな。

アレク

そしておそらくこの力の源は……。

 
 
希望の森に足を踏み入れた僕は
ここに『それ』が存在することを確信した。

また、生命力が徐々に弱まっていることも……。
 
 
 

 
 

アレク

おっと……。

 
 
森の奥へ向かって歩いていた時のことだった。

突然、どこからか放たれた銀の矢が
僕の足下の地面に突き刺さる。




軌道から考えると、右斜め前方の木の上――。

そちらへ視線を向けると、
そこにはエルフの少年が弓を構えて立っていた。


――いや、見た目は少年でも
実年齢は僕よりも上かもしれないな。
 
 

タック

立ち去れ!
これ以上、森に入るな!
これは警告だ!

アレク

ふぅん……。

タック

このままおとなしく立ち去るなら
見逃してやる。

アレク

嫌だと言ったら?

タック

お前を攻撃する。
場合によっては殺すぞ!

アレク

殺す……ですか……。
それだとあなたは困るのでは?

タック

どうしてだよ?

アレク

だって殺してしまったら、
僕があなたの存在を
周囲の村で言いふらせなく
なっちゃいますから。

タック

っ!?

 
 
彼の眉がかすかに動いた。
平静を装っているみたいだけど、僕には分かる。
だって気配に明らかな乱れを感じるから。

動揺しているのがバレバレだ。
もちろん、普通の人は気付かないだろうけど。



それにしても、この無垢で研ぎ澄まされた気配。
かなりの実力者に違いない。

並の相手じゃ勝てないだろうな。
上位魔族でさえも滅することができるかも。
大したものだと思う。



もしかしたらこの出会いは……。
 
 

アレク

――あなたは強い。
それはあなたの身のこなしや気配、
漂ってくる魔法力の強さなどから
僕にも分かります。

アレク

相手が熟練の騎士や
冒険者であっても、
あなたの実力なら
簡単に倒せるでしょうね。

タック

…………。

アレク

でもあなたの心は清らかだ。
命を奪うのは本意ではないはず。
それよりは圧倒的な力を
見せつけた上で
解放する方が色々と都合がいい。

アレク

あなたの噂が人間の間で広まれば
森に近付こうとする者は
いなくなりますからね。
無用な戦いを避けることができる。

タック

なかなか面白い推論だな~っ☆
でもそれはハズレだっ♪
警告を無視すれば躊躇なく殺す。

アレク

それは相手が
僕であってもですか?

タック

当然だ。例外はない。

アレク

僕はこの森の奥に用事があります。
つまりあなたの警告には
従えません。

タック

なら、戦うしかないな~。

 
 
少年は弓の弦をさらに強くひき、
視線を真っ直ぐこちらへ向ける。

でもその全身と声が微かに震えていることに
僕は気付いていた。
それは体に力が入っているからじゃない。



……僕に対する恐怖だ。



彼は僕たちの間に圧倒的な実力差があることを
肌で感じ取っている。
 
 

アレク

あなたは本能的に
感じ取っていますよね?
――僕の実力を。

タック

なんのことだ?

アレク

勝てないと分かっていても、
戦うのですか?

タック

オイラが負けるわけないだろっ!
グダグダ言ってないで
かかってこいっ!

アレク

それは差し違えてでも
世界樹には近寄らせないという
意思表示ですか?

タック

っ!?

 
 
僕の投げかけた言葉に彼は目を丸くしていた。
今回は心を隠す素振りは見られない。

あるいは驚きすぎて隠す余裕がなかったのか。
 
 

アレク

魔王の力の影響で
世界樹が著しく弱っている。
人間の気配はストレスになるので
近寄らせたくない。

アレク

そういうことでしょう?
――ま、普通の人間は
世界樹を見ることも感じることも
不可能なんですけど。

タック

……お前、何者だ?

 
 
彼の警戒心と殺気は膨れあがり、
明らかに僕に対して敵意を向けてきた。

一触即発の雰囲気……。
 
 

アレク

申し遅れました。
僕はアレク。人間です。
あなたの名は?

タック

人間なんかに名乗る名前はねぇ!

アレク

そうですか……。

タック

聞かせろ!
そこまで分かっていて、
どうして森に入ろうとする?

アレク

世界樹の枝が必要なのですよ。
それを材料に、
槍の柄にするのです。

アレク

僕の知り合いに名工ムラサという
腕のいい武器職人がいましてね。
彼は魔族なのですが、
心は清らかで信用でき――

タック

っ!

 
 
 

 
 
 
不意に少年は僕に向かって矢を放った。

間髪を入れず、
腰に差していた短剣を握りしめて
鋭い攻撃を繰り出してくる。
 
 

 
 
 

次回(後編)へ続く!
 

特別編・0 伝説の勇者アレク(前編)

facebook twitter
pagetop