ユフィに案内され隣人の家に入る。床一面には、失敗作の壺が幾つも転がっている。整理整頓という言葉を愚弄するかのような散らかりようだ。
 入口に居たメナとユフィ、そしてリュウの耳に、部屋の奥から声が聞こえる。

ハル

壺爺ちゃん凄ぇっす!
もっと話聞かせて欲しいっすよ♪

 もう仲良くなっているハルの声だ。ユフィから偏屈な爺さんと聞いていたメナは、緊張が少し和らいだ。

壺の爺さん

地肌だけ見てそこまで
語れるたぁ、小僧、
ナニモンじゃ!

ハル

自分はオーマイトで
鍛冶屋やってる
飲んだくれの孫っす。
弟子も長い間やってたっすよ。

壺の爺さん

ほぉ~か、ほぉ~か。
まぁ、座れ。

 爺さんがそう言う前にハルは、座っていた。部屋中にある興味を引く物を、キョロキョロ見まわしている。

ユフィ

それじゃあ、私達も
お邪魔するわ。

 爺さんの言葉に乗っかり、ユフィが勝手に部屋に入ってくる。メナは申し訳なさそうに後からついてきた。リュウは実に楽しそうな明るい顔をしている。緊張感は全くなさそうだ。

壺の爺さん

おー、こ奴等が一緒に行く
若造共か?
弱そうじゃ、こりゃいかんな。

ハル

お、皆も来たっすか。
あ、ディープスに行くのは
メナだけっすよ。

メナ

わわ、いきなり自己紹介……
えとメナです。
よろしくお願いします。

壺の爺さん

尚更、
生きて帰れる気がせんのぉ。

 会話の途中で入った事もあり、少し内容が掴めない三人。

ハル

え~っと、壺爺ちゃんは
昔ディープスで鍛冶屋を
してたらしいんす。
だからディープスの事も
詳しいんすよ。

 さっきの夕食の時に、ハルとメナがディープスに向かう事を聞いたユフィは、大体の話の流れを把握した。包丁の切れ味の話から鍛冶の話。そしてディープスの話を聞いたのだろう。ユフィも、爺さんが鍛冶屋だった話は初耳だった。

リュウ

どうせならディープスの話を
聞いたらいいんじゃないか。

ハル

そーだそーだ壺爺ちゃん。
知り合いから聞いた話なんだけど
ディープスの冒険者には
不思議な力を使う人達が
いるって本当っすか?

 爺さんはその幾重にも刻んだしわを濃くしてから、ハルの質問に答えた。

壺の爺さん

ガハハハハ。
冒険者達がよー言いよる、
つまらんデマじゃな。
吹けば飛ぶような風評は
酒場に行けば盛り沢山じゃ。

ハル

自分は現役の冒険者から
聞いたっすよ。
極限まで鍛え上げられた人間には
未知の力があるって……

壺の爺さん

わしゃ知らんのぉ。

ハル

エノクって知り合いなんすけど
『人間の持つ可能性は、
魔物にも、そして果てには
病すらも克服するかもしれない』
とかなんとか、
凄い事言ってたっすよ。

壺の爺さん

戯言じゃろぅ。
それよりわしの
弟子の話じゃが……

 ハル自身は何気なく言った事だが、傍で聞いていたユフィには、寝耳に水だった。確かに『病の克服』と聞けば、気にならないわけがない。

リュウ

爺さんあんた、
何か隠してるだろ。

ユフィ

!!

メナ

え……

 リュウの一言は、部屋の空気を張り詰めさせるのに十分すぎた。

壺の爺さん

…………

ユフィ

タージンさん!
さっきハルが言った言葉、
デマじゃないのね?
答えて頂戴!

 朝、山道で見た時より険しい表情のユフィ。妹の事を誰よりも大切に思い見守ってきた証。そう言えるかもしれない。

メナ

お爺さん……。
ご存知かもしれませんが、
ユフィさんの妹さんは、
治らない病気に罹かってるんです。

 タージンと呼ばれた爺さんは目を伏せる。そして濃くしていたしわを戻しながら、ゆっくりと首をもたげてユフィの問いに答えた。

タージン

こうなってしまうから……、
ほうやって無いに等しい
希望なんぞ抱いてしまうから、
むざむざ若い命を
危険に晒す事になるんじゃ。

ユフィ

本当なのね……。

 壺好きの爺さん・タージンの漏らした言葉は、治癒の可能性を匂わせていた。それを確認したユフィは、言い寄るどころか、シンとした静けさを纏う。何かを考えている――いや、決意していると言っていいだろう。

タージン

やめるんじゃ。
生き残る可能性のが少ない。
チビの二人もやめておくんじゃ。
はっきり言ってしまえば、死ぬ。

ユフィ

今迄、種々様々な方法を
試したわ……。
和らげる方法は見つかった。
けど根本的な解決には程遠いわ。

タージン

知っておる。
ここに来て12年ほどじゃが、
おぬしらの苦労を
知らぬわけではない。
が、夢物語すぎるのじゃ。
諦めいっ!

ユフィ

病はゆっくりと、ゆっくりと、
ネピアの身体を蝕んでいるわ。
何もせずに、
黙って見ていろと言うの?

タージン

無謀! 無知!
死ぬと分かっていて
何故行かせられるか!
ほれにおぬしが死んでもうたら
ネピアがどれほど悲しむかっ!

ユフィ

死なないわ。
私も! ネピアも!

 即答だった。
 ディープスで多くの冒険者を見てきたタージンの言うように無知かもしれない。だが、ユフィの決意は固かった。

ユフィ

私は妹の病気を治す方法を、
探しに行くわ。
ディープスに行って見つけ出す!

 ~新章~     14、壺爺ちゃん

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