それでよかった。

天叢雲

お前は、頼朝のこと、どう思っていたのだ?

経次郎

え?

天叢雲

みな、悪口ばかり言うでな。ホントはどんなヤツなのか、わらわにはわからんのだ。
お前もあやつのことが嫌いなのか?

慶子

…………。

経次郎

嫌っては……、
いません。

天叢雲

あやつに殺されたと聞いているが?

経次郎

違います。

経次郎

ボクが、泰衡くんに頼んだんです。
鎌倉と戦うつもりはないから、殺してくれって。

藤原泰衡、平泉の奥州藤原氏の4代目。
義経は、最期まで、彼らのお世話になった。

天叢雲

泰衡は、頼朝の命を聞いただけであろう。

経次郎

そういうことに、なっているみたいですね。でも、違います。

経次郎

「義経を生かして自分の前に連れてくるように」という命令が出されていたようですが……

経次郎

それだとボクは助かるけど、仲間は殺されていたと思います。

経次郎

嫌だったんです。
それが。

経次郎

兄上はともかく、その家臣は、性格ねじくれまくってますからね。そんな連中に捕まったら、どんな目にあわされるか、わかったもんじゃないですよ。

経次郎

捕まって不本意な死を遂げるくらいなら、泰衡くんに殺してもらって、その首を奥州藤原氏の存続に少しでも使ってもらえたらいいなって思ったんです。

経次郎

どうにもならないことは、ボクも泰衡くんもわかってました。何をしたって、鎌倉方は攻めてくる。だから、せめてボクの首を使って、時間稼ぎくらいはできるだろうって。

経次郎

命がけの、嫌がらせです。

天叢雲

嫌がらせのために、自らの命を絶ったと言うのか?

経次郎

はい。

天叢雲

タワケが……。

経次郎

もちろん、後悔しています。
あんなこと、しなければよかったって。

天叢雲

…………。

経次郎

でも、その時は、生きる希望が見つけられなくて……。それに、生きていても、ボクを助けてくれる人は、みんな不幸になっていました。

経次郎

ボクなんかが、生きていたら、いけないんだって、思いました。

天叢雲

自分が死にたいのを、他人のせいにしているだけではないか。

経次郎

その通りなんですけどね。

経次郎

周りはみんな敵で、味方も本当は、ボクなんていなければいいのにって、思ってるんだろうなって。

天叢雲

おぬしのようなガキが考えそうなことだ。

経次郎

その通りです。

経次郎

死んでみて、それではじめて、自分がどれだけみんなに大切にされていたのかを、知りました。

経次郎

ホントに、なんであんなことをしちゃったんだろうって……。

経次郎

それに、ボクひとりが犠牲になったところで、誰も助けられなかったんです。ボクの仲間も、平泉の人たちも……。

経次郎

恐らく、兄上は、ボクのそんな死に方を、赦してくれなかったんだと思います。

経次郎

兄上は、ボクの死を、ボクの願いを叶えるためではなく、源氏のために使ったんです。

経次郎

ボクが現在英雄扱いされているのは、そのためですよ。

経次郎

ボクの一生は、無駄なことではなかったのだと、思わせてくれたんです。

経次郎

あんな死に方しちゃったのに、兄上は……。

経次郎

ボクは、永い時間をかけて、ようやく知ることができました。

天叢雲

おぬしが英雄扱いなのは天狗から聞いたが、それはあやつの手柄ではなく、後世の人間がおぬしを褒めちぎったからであろう?

経次郎

ん?

入って来たところから、コウモリが現れた。

海爾

そうですぞ!
殿が英雄であると広めたのは、このワシでございます!

経次郎

騒がしいよ。

コウモリの超音波と、父さんの低くて大きな声がうるさすぎる。

天叢雲

相も変わらず、うるそうて鬱陶しいの。

叢雲さまは父さんを見て言った。

海爾

叢雲さまもご機嫌うるわしゅうございます。

海爾

やや、そのお姿は……。
御霊抜きが終わられてございますな。

海爾

さすが我が殿。
あのお気難しい叢雲さまをご説得なさるとは、ワシも鼻が高こうございます。

経次郎

父さんがそういうこと言うから、叢雲さまも素直になれなかったんじゃないの?

海爾

瞬時に原因を見つけてしまうなど、やはり殿はご聡明でいらっしゃられる。

経次郎

バカにされてるような気がするのはボクだけか?

海爾

ちらっと話が聞こえてまいりましたが……、

海爾

室町時代の義経記もワシが書かせましたし、テレビ局に売り込んだのもワシです。

海爾

殿の英雄っぷりが上がったのは、このワシのおかげ!

経次郎

そんなもん、上げんでいい。

経次郎

その道筋を作ったのは、兄上だ。
先の先を見て動く方だったからな。

経次郎

父さんはそれにまんまと乗っかって、兄上の思惑を強化しちゃっただけなの。

海爾

なんと……。

海爾

あのにっくき頼朝の思惑にまんまと乗せられたと?

海爾

だがしかし、ワシは殿が英雄と呼ばれ、こんなに嬉しゅうことはござらん!

しっかり利用されてるし……。

経次郎

こういうの、兄上、上手なんです。

そっと叢雲さまに言った。

天叢雲

なるほどな。

叢雲さまは、父さんを見て納得したみたいだった。

経次郎

ボクはその兄上が、考えること以外のことをしようと思っていたのですが……、

経次郎

ホントに毎回、修正が入って、けっきょく兄上の思惑通りになってるんですよね。

天叢雲

…………。

経次郎

兄上は、お優しい方なんです。
それだけは、確かですよ。

経次郎

本当にお優しい方だから、自分が責められても、それに耐られるんです。

経次郎

兄上は、優しくて強い方なんです。

天叢雲

…………。

慶子

殿は人が好すぎるのだ。
あやつがそのようなこと、考えるものか。

慶子

嫉妬深くて弟に自分の地位を脅かされているとビクビクしていただけではないか。

経次郎

ボクは性格が悪いから、人当たりがいいんだよ。素を出しちゃうと、嫌われるのわかってるから。

慶子

殿の性格が悪いなら、いいヤツなどどこにもいなくなってしまう。

経次郎

あはは。
面白いこと言うね。

天叢雲

…………。

海爾

ここで何をしておる?

父さん、慶子には厳しく言うんだよね……。

慶子

キサマが来るのを待っておったのだ。殿を置いて行くなど、家臣としてあるまじきことだぞ。

地下に来てから、弁慶色が強すぎ……。

海爾

置いて行ったのではない。
ちと、考え事をしていてだな……。

慶子

それが殿を置いて行ったことのいいわけか?

へばってたくせに……。

海爾

いや、はるか昔、皆で遠出したときのことを、思い出して居ったんじゃ。

慶子

…………。

経次郎

…………。

そういえば、昔はよく、みんなでいろいろなところに行ったっけ……。

天叢雲

…………。

海爾

楽しかったなと……。

ニヤっと、父さんが笑った。

経次郎

そうだね。
楽しかった……。

慶子

ふんっ

とかいいつつ、慶子もまんざらでもなさそう。

源氏も平家も関係なく、みんなでフラフラ旅したことがあって、なんか、楽しかったんだ。

経次郎

そういえば、そうだったな。

天叢雲

…………。

海爾

まもなくゴールだと思うと、もうちょっと遠回りしようかと思案していたら、いつの間にか殿がおらんようになっていた。

経次郎

ヲイ、コラ。

経次郎

もしかして、一か月近く、旅してまわってたのって……。

海爾

申し訳ござらん。
殿といましばらく旅を続けたいと思ったからでございます。

経次郎

その間、ボク、学校休んでんだぞ。

海爾

ご聡明な殿ならば、一か月くらいの休学、すぐに追いつけまする。

追いつけねえよ!
受験生なんだぞ!

経次郎

そういう問題じゃなくて!どうしてくれるんだよ、静香が怒ってるだろ!付き合い始めた彼女を放り出して来ちゃったんだからな!

海爾

あの乱暴女でござるか?
殿にはもっと佳きおなごが合いまする。

経次郎

お前の好みなんか聞いてない。
ボクの彼女はボクが決める。

海爾

とんっでもない性悪女でござらぬか。

慶子

珍しく同意見だ。

経次郎

お前らの意見なんて聞いてないんだよ。

経次郎

ボクは他人の意見は聞くけど、それはあくまでも参考にして、

経次郎

それで、自分の目で確かめる。

海爾

さすがは殿!

天叢雲

…………。

経次郎

ボクは、彼女のこと、何も見ていなかったのかもしれない。当時は、他のことでいっぱいいっぱいだったんだ。

経次郎

だから、別れるときになって、それにはじめて気が付いたんだ。

海爾

え?

慶子

……?

経次郎

だから今度は、ちゃんと彼女のこと、しっかり見てたんだ。

慶子

7年は観すぎだったのでは……?

経次郎

声をかける勇気がなかったっていうか?

経次郎

慶子もいつもついてきてたし。

慶子

私のせいにしないでいただきたい。

経次郎

うん……。
ごめん。

経次郎

ボクも、ちょっと踏ん切りつかなかったから、父さんがオリハルコンを探しに行くって言った時「ボクも行く」って言っちゃったんだよね……。

海爾

では殿は静どのと、付き合いたいわけではござらぬのか?

経次郎

そんなことないよ!静香のことは、ホントに大好きだし。

経次郎

ただ、ちょっと……。
嫌われたらどうしようって……。

そういうことなら、早く地上に行こう。

いつの間にか、天叢雲剣を置いて、旅支度を整えた翔さんが来ていた。

経次郎

翔さん、その荷物は?

叢雲さまのお世話係として、俺も地上に行くから。

海爾さん、よろしくです。

海爾

うむ。

経次郎

ウチに来るの?

叢雲さまが行くと言うなら、俺はそれについて行く。

天叢雲

とりあえず、海爾の家でいいかの。
静香とやらにも会うてみたい。

海爾

叢雲さまをお迎えできるなど、光栄にございます。

天叢雲

うむ。

じゃあ、地上に行っきま~す。

経次郎

…………。

嫌な予感しかしなかった。

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