奴の力が強すぎる。キリキリと首の骨が音を立てる。もう少し力を加えられたら粉砕しそうだ。

 諦めかけたその時だった。

や、やめてくれ!!

 この声は……左方を見る。そこには、先程穴に落ちたはずの彼が麻の服を赤く濡らしていた。良かった、生きていたのだな。

 彼の声を聞いた瞬間、男の腕の力が少しだけ弱まった。だが、それでも力は強く、私の抵抗を許さない。

何故? 君は彼女に見捨てられたのに

違う。彼女はそんな人じゃない。俺のことを信じてくれていたんだ。第一、お前だって何で彼女に執着する? 彼女以外にも、国には腹立つ奴はいっぱいいるだろ!

ああ、そうだな

 奴は一言、そう答えると、私を壁に向けてぶん投げた。私は背中から激しく殴打。彼が駆け寄る中、私はぼんやりとした視界で奴を睨む。

あの国の奴らは、僕を死に追いやった。そして、そこまで僕を追い込んだ一番の人間。それが、君の父親だ

父が……そう

 そうとしか答えようが無かった。

 私の父親は、王の右腕とも言える大臣だ。特に、大臣になる少し前の父親は兵や、民にとても厳しかった。最悪の場合、刑に処すことも。これも全て、昇進の為。奴もまた、その犠牲によって生まれた存在。

君は、それを知っていて見て見ぬふりをしたね。いいや、良いさ。安定した生活を送りたかったのだから。だが、僕は君の父親を許さない。だから、両親から手厚く育てられた君を殺す

そんなのエゴだ!

 何も言えない私の前に立ち、彼は言った。私も驚いていたが、彼の突然の大声に奴も驚いているようだった。

僕は殺されたと言うのに、それがエゴだと言うのか?

確かにつれーよ。死ぬなんて。でもさ、それで彼女殺したら、お前も嫌いなソイツと同じじゃねぇか。そりゃあエゴだよ。だって、彼女はお前に何もしてねーもん

 奴は愕然とした様子で、その場に座り込んだ。この隙に、奴にマシンガンを撃つことも出来たが、透明なガラス窓の向こうを見つめる奴にそれをすることは出来なかった。

……父親を連れてこい。そしたら、夢から解放してやる

 奴は空をぼぅっと見つめながら言った。首を縦に振ってやりたいところだが、ここで素直に連れてきたら、きっと奴は父を殺すだろう。首を横に振った。

夢を受け入れるわ。それが、私の償いよ

 私の答えを聞くと、奴は力無く俯き、片手を振った。その瞬間、私達の体が僅かに浮き上がると、私達の視界は一気に明るくなった。辺りを見渡すと、見覚えのあるベッド、壁、ぬいぐるみが目に映る。私の部屋だ。時計を見ると、針は私がここを出た夜の八時をさしていた。どうやら、私達は城に戻されてしまったらしい。

 私も彼も、思うところはいっぱいあった。けれど、体の疲れだけは残っていて。私達は自然と部屋の中で眠りについていた。

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