翌朝、私は起き上がって驚いた。夢を見なかったのだ。

 今までずっと見ていただけに、むしろこれが夢なのではと疑ってしまう。ベッドの隣には何故か床で寝ていた彼がおり、恐ろしい寝像の悪さに思わず彼の頬を叩いた。彼が痛そうな顔をして起きたので、どうやら夢ではないらしい。

夢じゃないのね

夢だな!

え?

 驚いて彼を見ると、彼は嬉しそうな顔をして私を見る。

今日は、良いことがあるって、アイツが言ってたよ!

貴方の夢に出たの? アイツ

 彼は笑顔でこくこく頷く。奴が私の夢に出ず、それも彼に良いことがあるなんて言って現れるなんて。素直に喜ぶべきか、この先何かありそうだと不気味がるべきか。

 とりあえず一息つこうと窓を開ける。今日は青い空がよく見える。その下の城下町を見てみると、何やら兵がぞろぞろと出て民達に何かを配っている。あれは何だろう。目を凝らすと、それは札束だった。

えっ、ウソ!?

 私同様に下の様子を見ていた彼が、先に声を上げた。私も、思わず、「どういうこと……?」と首を傾げる。

お嬢様、お部屋のお掃除を……あら、そちらの方は?

それより、下が騒がしいようだけれど、何かあったの?

 部屋の清掃をしにやってきたメイドに事情を尋ねると、メイドは何故か彼を見てクスッと笑って答えた。

実は、王様がとても怖い夢を見たそうで、その夢の主が、民にお金を返して、もっとみんなを平等に扱いなさいって言ったそうなのです。あの怖いもの知らずの王様が夢の一つで怯えるなんて、単純ですね

そ、そう……でも、良いことね!

はい! みんな、今まで頑張って耐えてきました!!

 メイドの言葉は、民を代表するかのようだった。」

 そんな幸せそうなメイドの後ろから、執事が神妙な顔をして現れた。今まで私を娘のように手厚く育ててくれた白髪の老人で、おじいちゃん代わりのこの執事が、珍しい顔つきで私を手招く。そうだ、薄々覚悟はしていた。私は彼の手を引いて執事の下へと向かった。

お嬢様、どうぞお一人でこちらへ

いいえ、彼は私の友人。どんなことでも、聞き届けて欲しいのです

 執事は納得して頷くと、「ではついてきて下さい」と、私達を城の地下深くへと案内した。

助けてくれ! 私は何もしてない、王様が私を悪者だと勝手に牢に入れたんだ!! どうにか説明してくれないか、娘よ……

 城の地下牢で、大臣である私の父は声を荒げたが、私の冷めた目を見ると、徐々にその声を小さくしていった。

父よ。大切に育ててもらったこと、非常に感謝しています。良き父親としては、貴方のことを尊敬もしています。だからこそ、過去の罪を思い出し、そして償うべきだと思いませんか

 父は言葉を失った。私は檻の間から手を伸ばし、父の手を握って言葉を続ける。

貴方が帰って来る時に困らないよう、私なりに努力します

 父は私の言葉を聞くと、返事をする代わりに、私の手を強く握り返してくれた。

 ゆっくりとその手を離すと、その手を彼の手に持っていき、彼と共にその場を去った。

 城の玄関口に立ち、私達は握手を交わす。

頑張れ。お前なら出来るよ

ええ、貴方もね。夢が叶う日はきっと目前よ

 彼は何時もの優しい笑みを向け、しきりにこちらを見ながら玄関扉に手をかける。

ゆっくりしてて大丈夫ー? お金、配り忘れられるわよー!!

 私の言葉を聞くと、彼は慌てて城を飛び出した。その様子が滑稽で、ついクスクスと笑う。全く、忘れられたとしても、私から言っておいてあげるのに。

 良い、心の拠り所であった。彼のいなくなった玄関扉に背を向け、私は気を引き締めて歩き出す。私の悪夢は、まだこれからだ。

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