体を駆け巡る衝撃に、カレンは思わず悲鳴を上げた。
その初めて受ける攻撃に思考が追い付かない。
それでも半ば無意識に腕を振い、不可思議な魔法を使う洸汰の顔面をなぎ払うように殴り飛ばした。
きゃあああぁぁぁぁあぁああっ!!
体を駆け巡る衝撃に、カレンは思わず悲鳴を上げた。
その初めて受ける攻撃に思考が追い付かない。
それでも半ば無意識に腕を振い、不可思議な魔法を使う洸汰の顔面をなぎ払うように殴り飛ばした。
がつっ、という鈍い音ともにあっさりと吹き飛ばされた洸汰がごろごろと地面を転がるのを横目に、カレンは荒くなった息を整えながら必死に思考を巡らす。
今の魔法は何なの!?
どこも外傷がないから、細胞分裂の限界を利用した過剰回復による攻撃とも違うみたいだけど……
鬼神化した私がここまでダメージを受けるなんて……
まさか……
「聖」属性の魔法!?
「聖」属性。
それは文字通り、聖なる力を宿した魔法であり、とりわけ「魔」属性の魔法に対して有効な属性である。
そしてカレンは今、その「魔」の塊の鬼神と融合していて、自身の魔法属性も「魔」へと変化している。
つまり、洸汰の放った魔法が「聖」の属性ならば、今の彼女にとって洸汰はこの上ない天敵になったということだ。
でもたった数日でここまで魔法を使いこなせるだなんてありえない……
そう否定したい気分だったが、洸汰に魔法を教えたのは魔法管理協会の中でも最高峰の魔法使いといわれる黒と白の双子。
あるいはそれくらいのことはやってのけるかもしれない。
そんなカレンの考えを肯定するかのように、彼女の視線の先で、ルクスとテネスが不敵に微笑んでいる。
本当ならあの子の魔法を受けるのはかなりまずい……
今の私では一撃でも致命傷になりかねない……
それに、とカレンは思う。
今はまだ大丈夫だけど、このまま魔力を消費し続けたらそのうち鬼神を抑えきれなくなる……
そうなったら協会への復讐が……
私の願いが終わってしまう……
だったら私のとるべき道は……
短期決戦で一気にカタをつける!!
考えを纏めたカレンは強く地面を踏み込むと、傷を癒してゆっくりと立ち上がった洸汰との距離を瞬く間に詰めて、その強靭で鋭い漆黒の爪を振り下ろした。
ぎゃあぁあぁああぁあぁあああっ!!
胸に深々と爪あとを刻まれた洸汰が悲鳴を上げ、血飛沫が高々と夜空に舞いあがる。
しかし、そこでカレンの攻撃は終わらなかった。
瞬く間に癒えていく爪あとの傷をなぞるように、再びカレンは爪を振りかざし、さらに逆の手で、その傷に交差するように新たな傷を刻み込む。
その上さらに、固く握り締めた拳を胸に叩きつけ、鬼神の力と魔法で人間の力を遥かに超えた脚を、洸汰の脇腹に叩き込んだ。
容赦の無い攻撃の連続に、洸汰は悲鳴を上げることもできずに吹き飛び、地面をごろごろと転がる。
その姿は凄惨の一言に尽きた。
胸は鋭い爪で骨ごと引き裂かれて肺や心臓が外気に触れ、蹴りを叩き込まれた脇腹からは内臓がはみ出ていた。
細く息をしていることから、辛うじて生きているのが伺えるが、それ自体が奇跡であるかのような酷い有様だった。
もうそこで倒れておきなさい……
いくら治癒魔法で傷が治るといっても、私があなたへ刻み込んだ「死」への恐怖までもが直るわけじゃない……
それにあなたの魔力も無限じゃないのだから、そのうち傷を治せなくなって本当に死ぬわよ?
冷酷な中にどこか優しさを含んだ言葉を洸汰に浴びせると、今度こそカレンはテネスとルクスを振り返った。
彼はもう戦えない……
もしかして「聖」属性の魔法ならば、素人でも私を倒せると思った?
けど残念だったわね
頼みの綱の彼はあの有様……
今度こそあなたたちを終わりにしてあげる!!
全身から漆黒の魔力を立ち上らせながら、カレンが双子の魔法使いたちへ一歩踏み出したときだった。
待……ってよ……
まだ……俺は死んじゃ……いないよ……
傷を治し、震える足で体を支えながら立ち上がる洸汰を見て、カレンが眼を見開く。
嘘……
たとえ傷を治しても、もう戦えないと思うまで容赦なく戦いの恐怖を叩き込んだはずなのに、それでも立ち上がってくる洸汰をみて、カレンは動けない。
確かに……
君の容赦ない攻撃は怖いよ……
戦いってこんなに怖いものなんだってよく分かった……
でも……
いや……だからこそ……
これからもっと過酷なそこへ行こうとしてる君を……
俺は助けたいんだ……
こないで……!
怯える様につぶやいたカレンが、洸汰を全力で殴り飛ばす。
しかし洸汰は、すぐに傷を治して立ち上がり、一歩一歩ゆっくりとカレンに近づいていく。
俺には力はない……
魔法もただ傷を癒す治癒魔法だけ……
さっき君にぶつけた魔法も、「聖」属性なんて大それたものじゃなくて、魔法へ変換する前のただの魔力だし……
来るな!!
今度は全力で蹴り飛ばす。
しかしまたも洸汰はすぐに傷を治して、カレンのもとへ歩いてくる。
こんな風に何度も何度も……
殴られたり蹴られたり……
それこそ殺されかけたりしても……
それでも君を助けたい……
どうして……
骨を折り、肉を引き裂き、内臓が飛び出るほど蹴り飛ばしても、それでも立ち上がって向かってくる洸汰はが遂にカレンの下へと辿り着く。
こうやって君と同じ魔法使いになって……
君と面と向かって戦って……
ようやく分かったんだ……
俺……多分君のことが好きなんだ……
君には幸せでいて欲しいし、俺も君の横で幸せでいたい……
だから……
もう復讐なんて終わりにしよう……
君の心が「極夜」に囚われているのなら……
俺がその「極夜」に光を点してあげる……
囁くように言いながら、光を集めた掌を、カレンの胸に押し当てる。
これが終わったら……
一緒に楽しいことを探そう……
ずっと……君の側にいるから……
同時に、洸汰の掌から溢れた光がカレンを貫いた。
あぁぁぁああああぁぁぁぁぁっ!!
全身を、まるで雷に打たれたかのような衝撃が駆け巡って、悲鳴を上げるカレン。
その直後、少女の体を装甲のように覆っていた鬼神の力が剥がれ落ち、苦しそうな咆哮をあげながら元の鬼神の姿へと戻る。
ルクス!!
分かっています!
それを狙ったかのように、すぐさま黒と白の少女が鬼神を挟み込むように立ち、それぞれの両手を鬼神に向けて魔力を解き放つ。
その瞬間、鬼神を囲むように巨大な魔法陣が出現した。
黒き力の鬼よ……
今ひとたび、この地にて眠りに付くがいい!
我ら、今ここに汝を封印す!
途端、魔法陣から無数の鎖が延びて鬼神に絡みつく。
その鎖から逃れようと、吼えながら何度も体を揺するが、どんどんと鎖はその数を増していき、やがて全身をぎっちりと締め付けられた鬼神は、ゆっくりと魔法陣の中へと消えていった。
これで封印完了だな……
ええ、お疲れ様でした……
ほっと息をついたルクスとテネス、そして抱き合うように意識を失う洸汰とカレンを、夜明けの光が包み込んだ。