鬼神と化した少女と魔法使いになったばかりの少年が、お互いに全力で飛び出して中央でぶつかる。
全部壊してやるっ!!
絶対に止める!!
鬼神と化した少女と魔法使いになったばかりの少年が、お互いに全力で飛び出して中央でぶつかる。
握り固められた少年の拳を余裕たっぷりに躱したカレンは、鬼神化の影響で全身に漆黒の魔力を纏った拳を、少女の細腕から繰り出されたとは思えないほどの威力を伴って洸汰を打ち据える。
その衝撃は、体格では遥かに有利なはずの洸汰の体を地面から浮き上がらせたばかりか、一瞬で吹き飛ばして、神社に生えていた古木の幹に叩きつけるほどの凄まじさだ。
あぐっ!?
巨樹の幹に浅いクレーターを作るほどの速度で叩きつけられた洸汰が思わず苦悶の声を漏らす。
がはっ!?
肺の中の空気を全て押し出され、その上カレンの強大な一撃が直撃した胸は肉が爆ぜ、骨が砕けるという凄惨な状態になった洸汰は、そのまま力なく地面に落下して倒れ伏す。
いくら魔法使いになったといっても、あなたでは私に勝てない
大人しく眠ってなさい……
というか、もう死んでるか……
カレンは冷たく言い放ち、ゆっくりと振り返って魔法協会の二人の少女――テネスとルクスを見据える。
あなたたちが何を考えて彼をここにつれてきたのかは知らないけれど、無駄足だったわね……
もしかしたら、私の中に彼への甘さが残っていることに期待したのかもしれないけど……
もう私は甘さを捨てた……
だから彼も殺せた……
そして次はあなたたちを殺してあげる……
例えあなたたちが超合一魔法を使っても負ける気はしないけど……
今度はそんな隙さえ与えない!
ふっ……
あらあら……
暗い笑みと共に一歩踏み出したカレンは、しかし双子の魔法使いたちが魔法を準備するどころか不敵に笑っていることに気付き、訝しむ。
何を笑っているの?
あなたたちに勝ち目は無いのよ?
いやなに……
思っていたよりあなたの考えは甘いということですよ
何を……!?
……っ!?
反論しようとしたカレンが、直後に自分のすぐ後ろで砂利を踏みしめる音が聞こえ、慌てて振り返った直後、その頬を硬く握り締められた拳が捉えた。
勝手に人を殺したことにしないでくれないかな、カレンさん?
俺はまだ生きてるよ!
殴られた衝撃に二三歩鑪を踏んだカレンは、その視線の先に殺したはずの洸汰が、傷一つ無い体で建っていることに驚愕する。
そんな……!?
あなたは死んだはず……!
いえ、例え死んでなかったとしても重症だったはずよ!?
それでも俺は生きている!!
吼えながら振りかぶられた洸汰の拳をぎりぎりのところで避けたカレンは、鋭く洸汰を睨みつけるとその腕を掴んで、容赦なく折る。
ぎゃあああぁぁあああぁっ!?
そのあまりの痛みに悲鳴を上げる洸汰の胸の中心に、カレンは今度は勢いよく爪をつきたてた。
夜の闇に血の鮮烈な赤が舞い、白い玉砂利を塗らす。
ごふっ!?
肺を傷つけられ、口から盛大に血を吹き出した洸汰の体からだらりと力が抜けた。
その様子に、今度こそ完全な致命傷を与えたと確信したカレンは、返り血が飛び散るのも構わずに洸汰の体をその場に投げ捨てて、再び双子の魔法使いを振り返る。
さあ……
今度こそあなたたちを……!?
殺す、と続けようとしたカレンだったが、すぐ後ろで再び人が立ち上がる気配を感じて振り返り、再び驚愕に眼を見開いた。
まだ終わってないよ!
そんな……!?
どうして……!?
確かに胸を貫いて……
驚く彼女の視線の先には、腕を折られ、胸を貫かれて血反吐を吐いて倒れたはずの洸汰が、まるでその傷が幻だったとでも言うように傷一つ無い体で立っていた。
ふふふ……
侮ったな、カレン・マルヴェンス……
コータに魔法の手ほどきをしていて私たちも驚いたのだけど……
その子の魔法適正は「治癒」だったの……
それも極めて親和性が高い素質があって、このまま修行を積めば、協会でも随一の治癒魔法の使い手になるほどの、ね……
治癒魔法……?
そう……そういうこと……
二人の解説を聞いて、何かに気付いたのだろう、カレンがぎりっと洸汰を睨みつけた。
あなた……
全身にその治癒魔法を張り巡らせていて、私から受けたダメージを即座に治療していたのね……
そうだよ……
テネスさんとルクスさんから魔法を教えてもらうとき……
俺は君を助けたいと強く願った……
その想いが……俺のこの魔法の根源なんだ……
言うなれば「擬似的な不死(インモータル・アビリティ)」というものでしょうか……
あまりそいつを素人と舐めてかかると、痛い目を見るかもしれないぞ?
まるで我が事のように自慢げに語るテネスとルクスを無視して鋭く洸汰を見据えながら、カレンは内心で舌打ちをする。
……いくら即座に回復しても……!
頭を潰せば死ぬはずよっ!!
その言葉通りに、カレンは鋭く伸びた鬼神の爪を振りかざして、洸汰の頭蓋を砕こうと思いっきり振り下ろす。
厄介な魔法を覚えたとはいえ、相手はまだ魔法使いになったばかり。
その上、近接戦闘でも経験、技量共に自分のほうがあるのだから、この一撃は確実に洸汰の頭を捕らえる。
そう確信したカレンの一撃を、その思惑とは反対に洸汰は確りと躱して見せた。
なっ……!?
驚きを禁じえないカレンの腹に掌を押し当てながら、洸汰は呟く。
君の戦いを何度も間近で見た……
君の戦いを何度も肌で実感した……
流石になれてきたし、どこを狙ってるのか分かるのなら、俺にだって避けることくらいはできるよ……
同時に、洸汰の掌から溢れた魔法の光が、凄まじい衝撃となってカレンの体を貫いた。