ぐぅうううおおおおおおぉぉおおおおっ!!!

封印から開放された鬼神の、その歓喜の咆哮にすら込められた膨大な魔力が、物理的な破壊力を持って周囲を蹂躙していく。

参道に敷き詰められた玉砂利が吹き飛んで地面が抉れ、古びた柱は半ばから圧し折れてその役目を終え、何十年と生きた楢が幹を抉られて倒壊する。
周囲の木々を棲家にしていた野鳥たちは危機を感じて一斉にとび立つ。

何よりその咆哮は、月が隠れた夜にどこまでも響き、理性の裏に隠された人間の本能を刺激して、人々を震撼させた。

たった一度の、ただの咆哮ですらこの有様を目の前に、カレン・マルヴェンスは思わずぶるり、と背筋を震わせた。

カレン

これが鬼神……
すごい……
これなら……

少女が暗い笑みを浮かべた、ちょうどそのときだった。

テネス

そこまでだ、カレン・マルヴェンス!

ルクス

無駄なことはもうやめてください……

洸汰

カレンさん!

石造りの階段を上って三人の闖入者――協会の魔法使いのテネスとルクス、そしてカレンがこの街で出会った少年の洸汰が姿を現した。

カレン

なぜ……あなたがここにいるの?
なぜ……そっちにいるの?
なぜ……また私の前に立つの?

魔法管理協会所属の魔法使いのテネスとルクスを無視して、本来この場にいないはずの少年を冷たく睨みつけるカレン。

少女のその冷たい視線に思わずたじろぎながらも、洸汰は気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしてから、彼女へと一歩近づいた。

洸汰

君が協会を憎む理由も……、協会から受けた仕打ちも……、君が協会へしてきたことも全部聞いたよ……

洸汰

聞いて……
君の気持ちを少しは分かった気がする……

カレン

そう……
だったら分かるでしょ?
私がこうする理由が……

カレン

分かるならそこをどいて!
邪魔をしないで!!

洸汰

嫌だ!!
確かに俺は君がこんなことをする理由も、君が過去にされたことも、してきたことも……全部聞いた!
だけど……
だからこそ、俺は君が間違ってると思う!
間違ったことをしようとしてるんだと思う!

洸汰

俺は君の恋人でもないし、ましてや家族でもない……
でも……少なくとも友達だと思うから……
友達が間違った道を行こうとしてるのなら……
それを止めるのが俺の役目なんだ……

洸汰の「友達」という言葉に、一瞬だけ肩をぴくりと反応させたカレンは、しかし次の瞬間には何事も無かったかのように怜悧な視線を洸汰に向ける。

カレン

あなたがどう思おうとあなたの勝手だけど……
私はもう止まらない……止められない……
あの日から……
私のお父さんとお母さんが目の前で火あぶりにされたあの日から……
私の心はずっと明けない夜の中……
その明けない夜を終わらせるためにも……
私は協会を滅する……

カレン

そう……私は「極夜」の魔法使い……
協会に終わりを齎すもの……

その宣誓と同時に、カレンの魔力が膨れ上がり、鬼神へと鎖となって絡みつく。
その魔力の鎖は鬼神の体に溶けるように染みこみ、程なくして鬼神は光の粒子になってカレンへと吸い込まれていく。

カレン

くぅ……

苦悶の声を上げながら、苦痛に耐えるように眉を寄せるカレンの体が変化を始めた。

髪の色は魔法使いに変身する前と同じ、けれど禍々しく光る銀へ、服装もどこか扇情的でありながらも恐ろしさを感じざるを得ないそれへ。
そして頭には、鬼の証たる二本の角。

鬼神カレン

この力で……
すべてを終わらせる!!

鬼神と一体化したカレンから、膨大な魔力が吹き上がり、魔法管理協会のテネスとルクスが全力で警戒する。

そんな中を、一人の少年が一歩踏み出す。

洸汰

君が力で心の夜を終わらせるというのなら……
俺は光で君の夜を照らしてあげる……
それが、苦しむ君の横で何もしてあげられなかった俺ができる……唯一のことだと思うから……

洸汰

恋とか……そういうのはよく分からないけど……
君を助けてあげたい……
それだけは分かるから……

洸汰

だから君を止めるよ……
テネスさんとルクスさんから貰ったこの力で……!!
力づくでも君を止めてみせる!!

同時に、洸汰の体が眩い光に包まれる。

それは黒と白の少女から授けられた力。
それは少年の願いを形にしたもの。
それは……魔法。

やがて、光がゆっくりと収束したその先には、魔法使いとしての力を顕現した天道洸汰の姿があった。

洸汰

カレンさん……
もうこんなことは終わりにしよう……

鬼神カレン

そう……
あなたも……こっちにきてしまったのね……

その姿をみて、一瞬だけ悲しそうな顔をしたカレンは、すぐに立ちはだかる洸汰を睨みつけた。

鬼神カレン

たとえあなたでも、私の前に立ちはだかるのなら……
もう容赦はしない!!

そして二人の少年少女は激しくぶつかった。

pagetop