お菊

百合……。幸せにね……

吉原にとって書き入れ時になるこの時間。
しかし今日はそれどころではなかった。

謀反――などという言葉は似合わないかもしれない。が、実際に混乱は起きている。

遊女の一人である百合の逃走。
そして、それをほかの遊女が手助けするという異常事態。
そんなことをしてただで済むわけもなく……

吉原裏物語

この先は吉原恋物語のもう一人の主要キャラクターであるお菊のその後のお話です。
百合はほぼ(もしくはまったく)出てきません。
また、性的・暴力的表現を含みますので、苦手な方はご注意ください。
それによる批判は受け付けません。

お菊

ま……そうだよね……

お菊は顔を横に振って周囲を確認する。
なんど見ても周囲の環境が変わるはずもない。つまるところ、ここが地下牢であり、自分が囚われの身であるということに変わりはないということである。

お菊

ま、予想はしてたし、これで死ぬならそれはそれでいいかなぁって

こんな現実から離れることができるなら、それはそれでありかな。
お菊の脳内にはそんな思考が流れ込んでいた。

ほかの子たちはどうなったのだろう……
どさくさに紛れて逃げたりした子もいるのかな?

ピチョン、ピチョンと水滴の滴る音の中に混ざって、人の足音が聞こえた。
食事を運びに来たのだろうか……
そう思っていた中、姿を現したのは吉原を経営している店主だった。

店主

久しぶりだな……

お菊

あら?今までで一番ブサイクな料理運びが来たわね。

店主

ひどい言いようだな。
自分の立場が分かってるのか?

お菊

今更あなたに媚びたところで処分が軽くなったりしないでしょう?

店主

さすが……
いいのは身体だけじゃないってことか

お菊

まぁ!
童貞臭い顔して女の良し悪しが分かるの?

お菊と店主の間に険悪な雰囲気が漂う。
目には映らない火花が二人の間にはじける。
店主はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらお菊のことを眺める。

店主

まぁいい。
そのうちその余裕のある減らず口も叩けなくなるだろうからな。
出ろ。ついてこい。

そういいながら店主はお菊の入っている牢のカギを開ける。
一瞬怪訝そうな顔をしたお菊だったが、自分に逃げ場がないことは自分自身が一番よくわかっている。

お菊

私を慰み者にでもするのかしら?

店主

どうだろうな

お菊

今更自分の身体がどうなろうとかまわないわ。
散々汚い仕事をしてきたんだし。

お菊は挑発するような言葉を投げ続ける。
しかし、店主はというと、そんなこと気にも留めない様子だった。

さっきの口上戦も結局は遊ばれていたということだろう。そう気が付くと、少し悲しくなってきた。

店主

さぁそこに座れ

移動距離自体はそこまで長いものではなかった。
それゆえか周囲の様子もそれほど変わらない。

変わったといえば、独房から広間に移されたことが一つ。
もう一つは……

お菊

相変わらずいい趣味してるわね……

お菊が座っている様子を360度ぐるりと囲むように人が集まっていることだった。

お菊

見世物にするのね
分かりやすい

そういってお菊は着物の帯をほどく。
凹凸のしっかりした身体を持つ、お菊の動作一つ一つからは、男女問わずに人を魅了してしまうような艶めかしさがあった。

そんなお菊を見て店主はニヤリと笑みを浮かべた

店主

誰が脱げと言った?

お菊

は?

店主

まだ脱ぐな。
お前が汚れてしまうと困るからな

店主はそういって、部下の一人に耳打ちをした。
その部下は一礼して奥へ下がっていった。

店主

ま、直に分かるさ……

そういってもう一度ニヤリと口元をゆがめた。

第後章:お菊という少女

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