ゼウスの輪郭が! 薄れていく!
ああ! もはや霞ほどまでに!
時よ! 願わくは、
ただ正しき御始末をこそなしたまへ!
とどめや。
うわーっ! ファイアドラゴっ!
Fight over!
The winner is……
治天下ゼウス&ThunderEagle!
くーっ、やっぱゼウスは強いなあ……
せやろ。ワイは最強や、最強のトイファイターや……
ゼウスの輪郭が! 薄れていく!
ああ! もはや霞ほどまでに!
時よ! 願わくは、
ただ正しき御始末をこそなしたまへ!
だから――
――何も、悲しい事なんてあらへんのや……
ゼウスが完全に消失する。
行っちまった……
さびしいね……
大坂など、当世の技術なら一刻とかからず行けるというのにな……それでも、やはり……
もう彼が来ないと思うと、私としても心を動かされる。ゼウスは庭に呼んだ者のうちでも、殊更に強かったから。
が、今は新しき者のことを考えよう。
庭師はファイトフィールドにかがみ、
サンダーイーグルを拾い上げる。
ゼウスとの勝利を凱歌で祝い、
その後力なく横たわっていたものを。
魂を砕かれた君。
これで遊ぶといい。トイは持っていないのだろうから。
庭師はサンダーイーグルを
彼に手渡す。
…ahh…d……an…k…!
よかったね。
ではいざ、宮とトイファイトせむ。
いや、僕とだ。初心者の相手なら、僕の方が慣れている。トキヒトの戦ぶりはあまりに容赦がない。
いや! おれだ! 体が温まってるからちょうどいいぜ!
……そなたは今、ゼウスと競うたばかりではないか。
トキヒトに同意する。欲張りはダメだ、カケト。
ちぇ。でも、ま、そうだよな……
地球、日本国、大阪。
治天下城、天守閣の一室。
真夜中過ぎに
一人の青年が目を覚ました。
……ふぁ……
寝起きの青年は、あたりを見回す。
目覚め方が奇妙だったからだ。
まるで、
現の出来事が不意に夢に変わり、
夢と感じた瞬間に覚醒した。
言葉にするならば、そのように。
……いや、ちゃうな……
あの場所は夢の庭。
何もかも初めから夢だったのだ。
夢だと知っていた。
覚めるものだと知っていた。
自己に目覚めるにつれて、
跡なく消えるものだとわかっていた。
……っ……
跡なく消えるものなれば、
消えた後こそ輝かしい。
二度と帰らぬ幼時の夢を思って、
青年は一筋の涙を流した。
……こんなモンか。思うてたより、寂しくも何もあらへんなあ……
青年は再び身を横たえる。
現の明日に備えるために。
せわしき真昼の混沌たる日常、
輝かしき平凡さを退屈に戦いぬく、
堂々たる大人への第一歩だ。
子供だけが夜遊びの夜たるを楽しむ。
大人とて遊びを楽しみはする。
だが夜そのものを楽しむことはない。
日に夜を継ぎ、夜に日を継いで、
戦う大人は知っている。
夜は何も隠してはいないことを。
子供が夜に期待するものなど、
ありはしないということを。
……Sh…………!
あるいは、夜が隠すものに
もはや大人は気づけない。
現を戦うために鎧を着るから、
夜の肌触りの精妙さには気づき得ない。
くーっ! つかれた!
でも楽しかった!
ああ。勝利とは喜ばしいものだね。この楽しみは、色褪せることがないように思うよ。
何、次の夜にでも塗り潰してしんぜよう。宮への敗北に。
観念せよ、アルテュール。
じゃれ合うのはよしたまえ。もっと早く、君たちは各々の眠りへ帰るべきだったというのに。
…Ah…i…ch……wi……ll……!
うん?
そなた、何をや言わんとしている?
……オスカーのL4WDが欲しいんじゃないのか?
そうなの? じゃあ、かしてあげるね。
Ah……!
……danke…sch……n…!
このL4WDのなまえは、アデルヴォルフ。さいこうそくどと、ぶつかったときのこうげき力をりょうりつしようとしてつくったんだって。
……Ade……l…Wo……lf……AGHHH!
彼の脳裏に何かが閃いた!
アデルヴォルフ!
それは高貴なる狼!
狼の中の狼! その一族!
狼の王たる者の嗣子!
砕かれたる彼の魂を繋ぐ、
失われし最後の一片!
…Ado……lf…!
Ich bin Adolf……!
Ich bin Prin――
彼は自らの名を得て、
夢の庭から完全に消失した。
やっぱり、アドルフにいさまだったのですね……
なあ、お面の兄ちゃん、なんであいつは消えちゃったんだ?
自分に気づいてしまったからだ。とうに大人である自分にね。
トイファイトは子供の遊び。トイと語らい、自らの没我のパッションを信じ、夢を現と戯れるのは、子供にしかできない。
私が大人を嫌う以上に、大人はそのような稚気の徒花を認められない。自らの賢さゆえに、彼はこの庭で遊んでいられないのだ。
けど、審判さんは子供には見えないよ?
子供の遊び場には、見張りの大人が一人は必要だ。そういうことのように思う。
トキヒトの言うとおりだ。半ばはね。
…………しかし、今夜は何とくだらない夜だろう! 二人もいなくなってしまうなんて!
庭師はかく宣へり!
されど、時よ!
御身の御始末、げに正しきものぞ!
然るべきものを! 然るべきに!
かく為したまへる御名の、
いと高く讃えられんことを!
……月都か。
お兄さま!
目を覚まされたのですね!
ああ。そなたがよく見える、マーヤ。世話をかけたな。だがもはや、一切の心配は無用ぞ。
余は自らを全く取り戻した。余の敵を討ち、余の世話をして、もはやそなたが労を蒙る必要はない。余の手で、この世の全てを平らかにしよう。
さこそが、狼王の務なれば。
↑文字通りまだ続きます↑
サブタイトルに<完>とありましたが、
それは「黄泉帰る狼」編が、
完結するだけです。