庭師

……つまらない夜だと思って終わるのも楽しくない。昔話でもするとしようか。

トキヒト

おやおや。面かぶり殿よ、早く眠れと言っていたのは誰であったろうか?

庭師

私だ。もちろんそこはわきまえている。永遠にここの庭師である私と違って、君たちには現の明日がある。
だから無理強いはしない。いてほしいとは思うがね。
今すぐ帰るも、途中で帰るも、話を聞き終えるも、好きにするといい。私を無視しきってトイファイトにふけるも結構だ。一番のおすすめはこれかもしれぬ。

ゲンペイ

そんならよ、ファイトしようぜ!

あな! こはいかに!?

不意にゲンペイ現る!

アルテュール

いいだろう。今夜の僕の勝ち星の一つとなりたまえ!

そして不意に去る!

ファイトフィールドへと!

アルテュールを連れて!

マーヤ

せわしないことですね……

カタリ

あの若様は勝負ごとになると、子供を通り越して田舎ヤンキーも同然だからね……

オスカー

わ。おねえさま

カケト

カタリも!

マーヤ

オスカー、お兄さまが目覚めてくださいました! でも、世界征服は明日にして、今夜はお休みになりました。あなたも一緒に帰りましょう? もう遅いのですから。

オスカー

はい……

マーヤ

あら? どうかしましたか、オスカー?

庭師

マーヤ、オスカーはまだこの庭に居たいのではないかな。君らがどうするかは自由だが、私としては共に残っていてもらいたいね。

マーヤ

いいえ、お暇させていただきます、仮面の方。庭の接収を試みた私の同席を、そこな下郎どもは好まぬでしょうし。

カケト

おれは別にどうでもいいぜ

トキヒト

狼の姫よ、――玉座にあるそなたが然様な無礼を口にするとはゆめ思わぬが――
まさか、宮を下郎のうちに含んではおるまいな?

カタリ

夢の中では迷惑料も取りようがないね

オスカー

ね、ちょっとあそびましょうよ、おねえさま。

マーヤ

……ま、いいでしょう。トイファイトは荒っぽくて私の好むところではありませんが、今夜は寛大な気分なのです。オスカーと共に過ごすといたします。

庭師

そうか。君の臨席を、私は特に嬉しく思うよ、マーヤ。

庭師の手に琴が出現!

リュラーと呼ばれる古のギリシア琴だ!

庭師

では、昔話を始めよう。

庭師はリュラーをかき鳴らし!

いと高らかに歌い出す!

初代狼王の生まれる遥か以前!

小さな島に小さなポリスがあった!


今となっては、

海底火山の活動で!

灰燼さえもが海の底!

とある少女がそこにいて!

家族と友! そしておもちゃと!

憂いもなしに暮らしてた!

だが人は変わるもの!

成長した彼女に嫁ぐ日が!


そのポリスには定めがあった!

結婚の前日に!

新婦はおもちゃを神殿に奉納すると!

おもちゃは子らのもの!
良妻賢母の道具に非ず!
嫁ぐ婦人のおもちゃ持てるは災いなり!

考え浅き大人ども!

かく宣いて彼女とおもちゃに、

悲しき別れを強要せり!


我と彼女ぞ無二の友!

二つならざる身であるに、

大人は我らを引き裂いたり!


嘆く彼女の流せる涙!

オケアノスの嵩をも増したる!

歓喜満つべき初夜の床!

然れども!

彼女の愁嘆せること斜めならず!


新郎いぶかしみ問うたれば!

彼女は泣く泣く答えたり!


語るも悲しき別れをぞ!

祭壇に掲げられたるこの我も、

彼女を慕うて泣きたるべしと!


「私」と一つに成ったる「我」は!

思い出すだに尽きせぬ哀れ!

仮面の裏の濡るるもわかろう!

私は彼女の嘆きを聞いて!

走らざるには居られざり!


私は闇夜のポリスを走り、

神殿にこそ赴きけれ!


他にも非ざるこの我の!

奉納せられる神殿へ!

私は忍びて神殿に入り!

捧げられたる我を見出せり!

「私」は「我」をかすめ取り、

彼女の元へ連れ帰らん!


警邏の兵は眠りにふけり!

ただ神々のみぞ見咎めたる!

私は彼女の待つ家へ!

音もたてずに急いだり!

我と彼女の再会に!

彼女の嘆きも晴れるべし!


かく目論んだるこの私!

戸口のそばにて! 

不意に気配を感じたり!

あるいはかすかな物音か!


私は後ろを顧みた!

あなや!

と思うもすでに遅し!


げに呪わしきかの大蛇!

我と私を呑みこんだり!


ああ! 神々よ!

私と我は御身ぞ呪い奉る!

御殿を侵せし罪ゆえに!

大蛇の私と我を呑むは至当なり!


然れども! 然れども!

おお!

彼女を害するとは何事か!

私と我を呑んだるその後に!

彼女を守る者はあるまじ!


おお! 神々よ!

私と我は御身を呪い奉る!

咎なき者をも罰する御身を!

この御裁きを運びたまへる時を!


ゼウスよ! クロノスよ!

忘られし、また知られざる、

全てのいと高き神々よ!

私と我は御身を呪い奉るぞ!

輝く雷霆!

呪わしき大蛇を滅ぼしたり!


されど天空神の力は至大なり!

雷霆の熱は未だ残りて、

大蛇の内なる、

私と我をも焼きにける!

口さがなくも! 神々を!

三度呪いたる私と我を!


ああ! ご覧あれ!

神々のまこと精妙なる御裁きを!

轟いたる雷霆に眠りを覚まされ!

彼女は家の外に出たり!


雷霆の熱に焼締められて!

一つになったる私と我の!

げに無惨なる灰燼の前に!

彼女の嘆きを癒さんと!

試みたゆえになおもなお!

彼女の嘆きぞ深まりける!

我と私を諸共に!

失くしたりける彼女の嘆き!

もはや言葉も及び得ざる!

神々彼女を哀れみて!

我らを彼女に会わせたり!


夜に滅びし我々に!

小さき庭をぞ賜ひける!

夜の眠りのその果ての!

夢の庭をぞ賜ひける!


夢の庭にて彼女と我ら!

夢を現と遊んだり!

没我に遊べる彼女の歓喜!

人の望みうる頂きにこそ登りけれ!


ああ! ご覧あれ!

神々のまこと精妙なる御裁きを!

いつしか彼女は老いて果て!

ポリスも滅びて海の底!

然れども私は夢の庭!


人の記憶もトイの記憶も、

あまつさえ彼女の名前をも!

褪せて果てたる今もなお!

私がいるのは夢の庭!


日に日に伸び行き入れ替わる!

あまたの子らと夢の庭!

稚気の徒花繚乱させて、

夢を現と遊びたる!


こはオネイロイの御裁きなり!

私は夢の庭師なり!

遊べる子らに幸いあれ!

また神々に誉あれ!

いとも精妙なる御裁き!

かくも為したる神々に!

庭師

……清聴を賜り、私は歓喜している。ありがとう。

カタリ

ねえ、これホントの話?

庭師

……少なくとも私はそのつもりだ。褪せ果てたる記憶だが。

オスカー

ゆめのにわはそうしてうまれたのですね……

カケト

なあ、ヘビと一緒にもやされたってことはさ、あんたはヘビでもあるのか……? だったらこわいなあ……群馬の薮塚コブラを思い出すよ……

トキヒト

カケト。神話やおとぎ話を聞くときは、細部について深く考えるべきでないぞ。そなたは沈思黙考の輩ではあるまい?

カケト

そだな……細かいことは明日レンに聞いてみよう……

マーヤ

結構な語りぶりでした、仮面の方。聞いた甲斐があるというものです。いずれ、何かの役に立つときもあるかもしれません。

マーヤ

オスカー、月都へ帰りましょう? さすがに、もう遅すぎますから。

オスカー

はい。おねえさま。

カタリ

僕も帰るとしよう。狼王が変わるなら、時世に合わせた金儲けの方法でも考えつつ。

ゲンペイ

くっそーっ!
負けたッ!

アルテュール

感謝するよ、ゲンペイ。おかげで勝利の歓喜をさらに深めることができたから。

トイファイターズ! 四 ~夢の始まり~

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