一週間後、

月は床に座り、ぼんやりと前を見つめ考えていた。



この世界のほとんどの人は苦しんでいる



社会の常識とか他人の目や

自分の心を自分で見下して

「自分を抑圧する」ことに

皆が躍起になって自分を苦しめている。



自分の心でさえ閉じるように

何かに仕向けられているうようだ。




それがなんだか


とても悲しい



俺は、月の一部だったから

心やすべてが解放されている



だから、なんでもアリにできる


苦しみを感じることもない



美子をみるともっと自由に笑っていてほしいと

思う。



みんな、みんな自由であればいいのにと思う。




美子には言っていないが



あやかしの時間、

俺の世界には「人」も連れていくことができる



でも、それはしない



大体の「人」は、元の世界に戻ってこないからだ

自由になれるから自分のいた世界には戻らない


神隠しという現象といわれているものだ



気付けば勝手になじみ溶け込んでいなくなっている



だから、美子のような特異体質で

自分の世界に戻る者しか連れていかない



他人の世界に溶け込んでいなくなる

解き放たれるのだろうけど



それはそれで悲しいから



自分の世界で自由になれず

他人の世界で自由になったってなんの意味もない



ふーっと月は息を吐く

藤沢月

さあ、「俺の世界」を開くか。


ゆっくりと立ち上がり


うっすらと空に浮かぶ満月を見上げた

今日も「月の世界」の満月は


大きく光輝いている




化け猫の姿になった美子は


目を細めて


その光景にみとれてしまう




隣には月が浜辺に寝そべって


目を閉じリラックスしている



ゆっくりと美子の口から


自然と言葉が溢れでてくる

化け猫:美子

あれからね。

藤沢月

うん…

化け猫:美子

鵠沼くんと、廊下ですれ違った時に
あいさつできるようになったよ。

藤沢月

うん。

化け猫:美子

それでね…。鵠沼くんも返してくれるの。
すごくね、あったかくて幸せな気持ちになれるの。

藤沢月

そっか。

化け猫:美子

晴れている日はね。
外でごはん食べるようになったの。

化け猫:美子

香奈が、提案してくれて。
鵠沼くんのクラスの前を通るし、あいさつできるから。

化け猫:美子

そしたら、香奈の友達の和田塚くんがいるんだけど。
香奈のこと好きなんだって気付いちゃった。
他人の恋愛ってなんでわかりやすいんだろうって思っちゃった。

化け猫:美子

香奈にそのこと言ったらすごく慌てて
照れてた。

藤沢月

少しずつなんでも話せるようになったんだね。
よかったね、幸せそうだ。

化け猫:美子

うん。でもね、まだ不安や自分の嫌なところがわーってくるの。
それでも、前よりも苦しくはないの。

藤沢月

ちょっとずつ受け入れていけばいいんだよ。
焦らないで。

化け猫:美子

うん。

ふっと


『なぜ、鵠沼くんは私が月の世界にいたことを
 知っていたのだろうか?』


という疑問が浮かんできた



隣に寝ている月に向かって

問いかけようとした瞬間




海の方を見てみると


大きな魚の尻尾がみえる




以前にみたくじらのようだ




「月…」と美子が話しかけようとすると



すくっと月が上体を起こして


立ちあがった。

藤沢月

来たみたいだ…。
美子に紹介したい人がいるんだ。

化け猫:美子

えっ?

藤沢月

できれば、人間の姿に戻ってほしいな。


バシャン!


また、海面をしっぽでたたく音がした




すると




ゆらっとくじらが


浜辺に向かって泳いでくる




くじらが泳いでいたのだが


途中からその姿は人となって


こちらに向かってくる



月が波打ち際に近づくと


そのくじらだった人が


海面から上がってきた




最初、満月の光がまぶしすぎで


姿はわからなったが


男性のようだ…




すらっとした長身



美子にはすぐに誰だかわかった

鵠沼ケイ

こんばんわ。

稲村美子

鵠沼くん…?

藤沢月

じゃあ、あと宜しく。


月は、バトンタッチするように


鵠沼ケイの肩を叩き



海の中へ入っていった

美子と鵠沼は



浜辺から光輝く満月の下


海面に浮かぶ月をみている





ただなんとなくそうしていた





鵠沼の方から口を開く

鵠沼ケイ

俺んちさ、くじらの血を引いた家系なんだ。
化けくじら?っていうのかな?

稲村美子

そうなんだ…私は化け猫の血を引いてるの。

鵠沼ケイ

うん、この間海から見てたよ。
…この世界は気持ちいいね。

稲村美子

うん。

鵠沼ケイ

普通に、日常過ごすとき何も感じないんだけど、ココにくると無性に泳ぎたくなる。
本来の自分をさらけだしたくなる不思議な世界だ。

稲村美子

すごくわかる!
本当の自分を好きになれるんだよね。

鵠沼ケイ

うん。

稲村美子

まえにね、月から聞いたんだけど。現存するものの血を引く人達は、本来の姿になって生涯を送ることもあるって。
鵠沼くんは、くじらとして生きる可能性もあるの?

鵠沼ケイ

…俺はないかな。人として過ごした時間は楽しかったし大切にしたいんだ。
遠い昔に、一族からくじらとして生きた人もいるって聞いたけどね。

稲村美子

そっか~。化け猫は存在しないから、私にその選択肢はないんだよね。
月は、月に還りたいみたいなんだけど。

鵠沼ケイ

稲村の姿、毛並みがモコモコしててすごく可愛いかったよ。


えええっ!!!



意味は違うけど「可愛い」という単語に反応してしまい


美子はうっかり尻尾と耳を出してしまった




鵠沼は驚いた様子でこちらをみている

稲村美子

ちょっ…ちょっと、びっくりしてしまって。


顔を真っ赤にして一生懸命


耳をしまおうとするが中々うまくいかない。

鵠沼ケイ

あっあああ!ごめん。



なぜか鵠沼も顔を赤くして上を向く。


美子は、きょとんと鵠沼をみつめる。

藤沢月

ケイ。美子にはちゃんと言わないと伝わらないよ。
『猫耳つけてるのすごく可愛いな。』って。


いつのまにか月が海から上がってきていた。


二人をみてニヤニヤ笑う。

鵠沼ケイ

おい!!読むなって…。

鵠沼ケイ

ってか、お前全部聞いてただろ!

藤沢月

うん、心を含めて全部ね。
まあ自然に聞こえてきてしまうんだけどね♪

稲村美子

もう、月ったら!

藤沢月

そういえば、なんでケイっていう名前か美子しってる?「鯨」の漢字の読みからきてるんだって。

藤沢月

単純だよね!!

鵠沼ケイ

月の欠片の「月」に言われたくねえよ。

藤沢月

まっ、それはさておき
そろそろ「俺の世界」閉めるよ。

藤沢月

続きは元の世界でやってくれ。
お二人さん♪


「じゃあね。」と背を向けながら手を振り


月は行ってしまった。

稲村美子

じゃあ、私たちも帰ろうか。

鵠沼ケイ

そうだな。


お互いに少し照れながら



並んで浜辺を歩いていく。

月の世界から帰るとき


一瞬、


美子の目にイメージが飛び込んできた

放課後、駅に向かって歩く自分がいる



一人なのかな?


あれ?だれか来る。


鵠沼くんだ!!


二人、並んで歩く




すごく私、自然に目を合わせて話せてる




心の中は、

変なこと言ってないよね?

髪型大丈夫かな?

鵠沼くんに可愛くみえてるかな?って




なんだか不安でいっぱいなのだけど

なぜか幸せで


全て満たされているようだった。


鵠沼ケイ

稲村?

鵠沼が後ろを振り返り


美子をみている。



あれは、


月の力…?

稲村美子

あっ、なんでもない。
満月キレイだね。

鵠沼ケイ

そうだな。

二人は並んで、空を見上げた。


白く輝く光をみて

美子は少し笑う


さっきのイメージの最後

見えた光景がある


赤い夕焼けの中

手をにぎり

歩くふたりの姿を




少しずつ、少しずつ


変わるのかもしれない




美子は、勇気をだして

鵠沼の隣に並び

話しながら歩き始めた。


おわり

化け猫と月の日常(終)

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