妖怪探偵・稲田実


3.鏡

小学校の校舎の脇道、学校の敷地を区切るフェンスの横に1台のジープが止まる。

着きましたよ。

運転席に座っている達也は、どこかぎこちない手つきでエンジンを切った。


助手席では、稲田が相変わらず偉そうに、足を組んで座っている。


達也は、ハンドルを握りしめたまま、脱力して大きく息を吐いた。

稲田さん、自分で運転してくださいよ。俺、免許取りたてなんっすからね!

免許を持っているなら問題ないだろう。助手の仕事だ。

だいたいなんでジープなんですか、どう考えても目立つでしょう!

いいだろう、見た目が。

意味わかんないっす。

ぶつけたら修理代給料から引くからな。

もー、だったらほんと、自分で運転してくださいよ!


後部座席で、翔がシートベルトを握りしめながら2人のやりとりを不安そうな顔で見ていた。



車の中から、辺りに人がいない事を確認すると、3人は車を降りる。

こっちだよ。

校舎とは離れた方へ向かう翔について行くと、裏庭へと続く古びたフェンスドアがあった。


翔がドアを手前に引くと、ギイイと軋むような音を立てて開く。


どうやら鍵は壊れているようだった。

ちょっと、こんな依頼受けちゃって大丈夫なんですか?


フェンスのドアをくぐりながら、達也は稲田にこっそりと耳打ちする。

面白そうだろう?

学校に侵入なんて誰かに見られたら、不審者って警察に連絡されちゃいますよ。事件のことがなくたって、最近うるさいんですからねそういうの。

2人とも早く!


翔に促され、3人は人気を気にしながら校舎裏へと向かった。

3人は暗くなるのを待って、裏庭から校舎へと忍び込んだ。


静まりかえった校内。


足音を立てないようにこっそりと歩く翔と達也に比べ、稲田は何を気にする風でもなく大股でズカズカと廊下を進んで行く。

ちょっと稲田さん、誰か人がいたらどうするんですか。もう少し静かに…。

その時はその時だ。

…あの、これ…。


翔は足を止めると、一点を指さす。


廊下の一角の壁に、大きな木枠のついた鏡が取り付けられていた。

達也は、鏡を覗き込む。

普通の鏡ですよね?

古びている事を除いては、別段変わった印象は見受けられなかった。

私は他も見てこよう。何かあったら呼べ。


稲田は翔の方をポンと叩くと、返事も聞かずに1人側の階段から上の階へと進んで行く。


前に見たのもこのくらいの時間?

もうちょっと早かったと思うけど……でも間違いなく見たんだ……。

 
鏡を見つめる翔。


そこには達也と翔の2人が映っている。

篠田君こんな時間に何してるの!?


突然の声にぎくりとして、達也と翔は慌てて振り返る。

ま、まだ人がいたんだ…!

やばっ、先生!

背後に翔の担任の女教師が立っていた。

この人は?

女教師は達也を指差す。

あ、えーっと私怪しいものでは…稲田探偵事務所の…。

しどろもどろ言う達也と訝しげな表情の女教師の間に、翔が割って入る。

僕が連れてきたんだ。……時也を助けてもらおうと…。

あなた、まだ鏡の中に時也君がなんて思ってるの?馬鹿な事言ってないで早く帰りなさい。

でも……。

今ご家族に連絡を入れるから、ほら、帰るのよ。


女教師は翔の腕を掴む。

その時、視界の隅で何かがちらりと動いた気がして達也は鏡へ目を向けた。


鏡の中に映る3人の姿。


だが……。


目の前の、翔の腕を掴む女教師が、鏡の中では翔を指差しまるで小馬鹿にしたように笑っていた。

うわあっ!!!

達也の悲鳴に、翔と女教師が一斉に鏡を見る。


鏡に映るのは驚いた表情で鏡を見ている達也と翔、そして翔を指さす女教師の姿。


その3人の後ろに、映るはずのない4人の子供達の姿が見えた……。

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