妖怪探偵・稲田実
4.妖怪探偵・稲田実
妖怪探偵・稲田実
4.妖怪探偵・稲田実
鏡に映るのは驚いた表情で鏡を見ている達也と翔、そして翔を指さす女教師の姿。
その3人の後ろに、映るはずのない4人の子供達の姿が見えた……。
ど、どうなってるんだ一体…!
……!
女教師と鏡の中の女教師を見比べる達也と翔。
笑っていた鏡の中の女教師の顔が、3人の目の前で、鬼のような形相に変わっていく。
な、なんなのこれは!
……!!
慌てる達也。その鏡の中の表情が徐々に変わり、自分を見て笑い始める。
え、ちょ、俺こんな顔してな
時也!!!
鏡の中の翔の後ろに映る4人の子供…その中に時也の姿があった。
お兄さん!ほら、いなくなったみんなが
翔は鏡の中を指差した。
ほ、本当に行方不明の子供がこの中に…!?
達也が鏡を覗き込むと、鏡の中から、何かがヌッと出てくる。
それは、鏡の中の女教師の腕だった。
!?
達也の首元に、手が伸びる。
達也が慌てて後退すると、鏡の中の手が空を切った。
何だよこれ!
空を切った手は、女教師の手首を掴んだ。
女教師は腰が抜けているのか、青白い顔をしたまま動かない。
先生…!
…翔
鏡の中から、子供の声がした。
時也…?
鏡の中の時也が、虚ろな目で、じっと翔を見つめている。
俺を置いて逃げたな…
…お、俺、時也がついてきてなかったの知らなくて…
言い訳なんて聞きたくない、許さない
時也
許さない!
鏡から離れろ、目が離せなくなったが最後、引きずりこまれるぞ!
稲田の声がする。
振り向くと、稲田が階段の上から一行を見下ろしていた。
達也と翔は、力任せに女教師を引っ張り、鏡の前から逃げる。
どこ行ってたんですか、稲田さん!
稲田は、退いた3人を一瞥して、鏡の前に立った。
稲田さん、その鏡は…?
雲外鏡とか紫の鏡とか、そんな話を聞いた事あるだろ。鏡とは時に真実の姿や、己の知らない邪心を映す…。
真実の姿…?
稲田は鏡に冷ややな視線を向けた。
瞬間、辺りの空気が張り詰める。
鏡から出ていた手が、慌てて鏡の中へと戻っていく。
お前には何の恨みもないが…
…?
翔はわずかに足を前に出すと、こっそりと鏡を覗いた。
狐…?
そこに、稲田の姿はなかった。
映っていたのは、青白い炎をまとった大きな狐。
毛並みは銀色で、鋭い眼光が相手をじっと見据えていた。
翔はぽかんと口を開けて稲田を見る。
稲田は翔を見てにやりと笑うと、口の前で人差し指を立てて見せた。
仕事だ、悪いな
稲田が鏡に触れると、鏡に大きなひびが入る。
鏡が割れ、落ちる鏡の破片。
その破片と一緒に、鏡の中から時也と子供たちがなだれ出た。
時也!
翔は時也に駆け寄る。
時也に返事はなく、ぐったりとその場に倒れこんでいる。
意識はないが命に別状はないだろう。救急車でも呼べ
は、はい
校門前に何台ものパトカーや救急車が止まっている。
それらの赤いランプが周りを照らしていた。
集まる野次馬の数が次第に増え、担架で子供たちが運ばれていく様子を覗き込んでいる。
中にはスマートフォンを掲げて写真や動画を撮っている者もいて、稲田は冷ややかな目を向けるとため息をついた。
あとはまかせた佐藤
校舎から出た稲田は校舎前に集まった救急隊員や教師の間をすり抜けると、身を隠すように野次馬の中へと入る。
あっ、ちょっとどこ行くんですか、警察が事情聴取って……!
適当に言って誤魔化せ。俺は次の依頼主との約束があるからな。お前も行くぞ
稲田さん!
翔に野次馬の向こう側を顎で指して見せると、稲田は人ごみ中に姿を消す。
翔は稲田の後を慌てて追いかけた。
ありがとう、探偵さん
何、お前から受けた仕事をこなしただけの事だ
そう言うと稲田は、ポケットからお年玉袋を出して見せた。
これからこれで飯を食いにいくが一緒に行くか?
あれ、約束があるんじゃないの?
ああ、それか。嘘だ
!?
面倒はごめんだからな
嘘つきは嫌いなんじゃなかったの?
世の中には、ついていい嘘と悪い嘘がある
意味わかんない!
悪びれる風も無く、口の端をあげていう稲田に、翔はつられて笑う。
いいや。晩御飯は家に帰らないとお母さんに怒られそうだし
そうか
翔はふと歩みを止める。
探偵さんは…人間じゃないの…?
翔は、稲田の髪色にそっくりな毛並みの、鏡の中にい狐を思い浮かべた。
どうだろうな
稲田はにやりと笑う。
面白い事件があったらまた来るといい。特別に受けてやるぞ
稲田は胸のポケットから1枚名刺を取り出し、翔に差し出しす。
名刺には、稲田探偵事務所 稲田実の文字。そこに手書きで携帯電話の番号が書き添えられていた。
肩書き変えたらいいのに。怪奇事件もお任せ”妖怪探偵・稲田実”って
そんなの信じる奴いないだろう?
信じたつもりになってくれる人はいるかもよ?
そう言って翔は、楽しそうに笑った。