青い夕方
1.踊り子リーフィと
シャー=ルギィズ

シャー

リーフィちゃん! こっちこっち!

リーフィ

……。

 シャーは最近、酒場の娘のリーフィにご執心だ。もともと惚れっぽいのは周知の事だし、彼が一目ぼれする相手が、いつも高嶺の花だというのも有名な事だ。 

 だが、それでもやはり、酒場で一番の美人で、おまけに勝気なリーフィに言い寄ろうとするのは。
 今回ばかりは、無謀にもほどがあると思うのだ。

シャー

ねぇ、リーフィちゃん

 シャーの声は、ちょっと間延びした猫に似ている。だらっとしていて、なんとなくしまりが無いが、妙に憎めない。
 しかし、肝心のリーフィにはあまり効果がないらしい。

シャー

リーフィちゃんってば

シャー

一杯飲まない? ねえって……

 シャーの周りには、たくさんの男達が並んで座っていて、シャーと娘のやり取りを興味深げに眺めている。

シャー

オレのおごりだよ。おごってあげるからさ~。ね~ね~


 リーフィは、ふうとため息をついた。同年代の女性よりも、ずっと大人びて見えるリーフィは、どこか冷たい印象がある。

リーフィ

シャー。
私、忙しいの。

リーフィ

それにどうせ、あなたのお金じゃないんでしょう?

 言われてシャーは苦笑いした。
 ――そうなのだ。シャーは常に無一文なのである。たまたま持っていても、どこかで恐喝されてとられているらしい。そんな彼なので、自分の金で酒を飲むわけがない。

 しかし、別に金持ちの取り巻きをしているわけでも、ツケを溜め込んでいるわけでもない。シャーには、取り巻きがいるのである。といっても、別に金も力もないシャーにどうして彼らがついていくのかというと、それは傍目にもよくわからないし、彼ら自身もよく分かっていない。
 飯や酒をおごるのも、ほうっておくと飢え死にしそう、とかそういう理由のようだ。

兄貴、また俺達のを当てに……

シャー

気にすんなよ~。やさしいんだろ、お前達。な! やさしいだろ!


 文字通りの猫なで声で、シャーは近くの手下の一人の肩に手をかけた。

シャー

オレの恋のために、出資! 出資! ね~、出資してってばぁぁ


 弟分の胸倉をつかみながら、ねだる様は見苦しいことこの上ないのだが、弟分達は黙ってみている。危うく財布を取り出しかけて、周りのものに押さえられるものもいる。男の友情とはかくいうものなのか、それとも単にシャーが哀れっぽいだけだろうか。どちらでもよいが、リーフィはそういう様子を見ると、どうもため息があふれてくるのである。

カッチェラ

兄貴……、もうやめましょうよ

カッチェラ

芽の出ない種に水をやっても枯れるだけですよ

さすがだ! カッチェラッ!

シャー

え?それ、どーゆうこと?

カッチェラ

どういうって……

アティク

……どうせ痛い思いするの、兄貴なんですし。傷は浅いほうが……

カッチェラ

うまいぞ! アティク!

シャー

こらこらこら~! どういう意味だよ~~!

シャー

それって、オレが振られるみたいじゃないか!

……つまりそういうことをいってるんじゃないですか

カッチェラ

今までのことを考えてくださいよ。兄貴

カッチェラ

いつも失恋して困るのは兄貴じゃないですか。今なら、まだ擦り傷程度ですよ!

シャー

擦り傷って! そんなひどいこと!


 シャーは哀れっぽい声をあげたが、今度はカッチェラは取り合わなかった。

カッチェラ

擦り傷ですよ。致命傷にならない内に引き上げて下さい


冷たく言われて、シャーはがっくりと頭を垂れる。その様子はしおれた花にちょっとにている。

カッチェラ

兄貴~! 元気出してください!

アティク

……そうですよ、人生いいことは他にもあります!

リーフィ

不思議な人には違いないんだけれど……


 励まされるシャーの姿を見ながら、リーフィは、まだ彼がなぜそこまでみんなに好かれるのか、どこか理解できない部分があるのだった。

青い夕方:1.踊り子リーフィとシャー=ルギィズ前編

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