静かに殺気を放ちながら、彼は彼らの目の前で腕組みをしたまま、すらりとたたずんでいた。
男たちには、彼の正体はわからなかっただろう。
静かに殺気を放ちながら、彼は彼らの目の前で腕組みをしたまま、すらりとたたずんでいた。
男たちには、彼の正体はわからなかっただろう。
丸腰で俺たちにかかってくるとはいい度胸だな!
顔に傷のある男が、さっそく抜刀して凄む。
しょうがねえだろ。今日は残念だが、短剣も持ってないんだからさ
だが、相手がお前ら程度の連中で助かったぜ。さすがに、オレも丸腰でどんな奴でも相手できるってわけじゃあねえからな!
減らず口を!
傷の男が彼にとびかかって、斬りかかる。シャーは余裕をもってそれを避け、隣で剣を構えていた男を蹴り飛ばした。
動きが速い。傷の男は、気を付けろと仲間たちに呼びかける。慌てて細身の男が剣を抜きにかかるが、その腰にはシャーから巻き上げた例の刀が差さっていた。刀を抜こうとしたとき、ぬっと暗闇から出てきた手が先に剣の柄を握った。
ひっ!
残念だが、コイツはお前らにゃちょっと荷が重いぜ
すれ違いざまに鞘ごと抜き取り、そのまま鞘で細身の男の腹に一撃を加えて倒した。
ふふふ、これはな、お前等の差料にするにはもったいねえ上物なんだよ。いただいとくぜ
そうささやいてやったが相手に聞こえたかどうか。シャーはそのまま、傷の男と相対する。彼の後ろには、どうにか復活した二人の男が怯えながら、彼に剣を向けていた。
テメエ、一体……
答える義理はねえなあ。……ちょっとカッコよくいってみれば、ただの酔っ払いよ
にやっと笑ってシャーは、右手に持った刀をそのまま帯に引っ掛けて落とし差す。そしてそれをぐいっと引っ張り足を開いて鯉口を切る。キラリとかすかながら剣呑な光が、夜道に輝く。
かすかに酒場から音楽が聞こえる。いつの間にか、初めの曲調とは打って変わって激しい曲調になっていた。きっと、リーフィの踊りも今は早く激しいものになっているのだろう。
これ以上やるってんなら、オレも抜くぜ? そうなると、手加減できなくなるからお前等覚悟しやがれよ
くそっ! 馬鹿にするなよ!
かえってそれを挑発ととったのか、うおおおおと気勢をあげて傷の男がとびかかってくる。シャーは、やれやれとうんざりとした様子になった。
しょうがねえ。オレが好意で忠告してやったのによお
シャーはそういうと、口の端で笑みを刻みながら剣を抜いた。ギラリとした青ざめた白い光が、男の目を射抜いた。振りかぶった男の剣をはじき返し、シャーはそのまま手を返して男の懐に飛び込む。刀の柄を男のみぞおちに埋め、そのまま蹴倒して体を引き離した。
地面に倒れ込み苦悶のうめきを漏らした男が動かなくなり、それを見ていたほかの面々は慌てて逃げ出していった。
シャーは、刀をくるくると手の内で回すと鞘におさめた。
安心しろって。お前らみたいな餓鬼殺すほど、オレも暇じゃねーっつの。今日のオレ、かなーり手加減してやったんだから
はー、やれやれ、取り返せなかったらどうしようかと思ったよ。オレのイトキリちゃん
シャーは、そういいながら腰に戻った剣の柄を撫でやった。
まったく、皆がいる前でとか、オレが抵抗できないときにひどいことしやがって……。剣を手放すなんて、師匠に知られたら、オレ、生きて帰れないトコロじゃん。この生活、結構苦労するのよね
ため息をつきつつ、シャーは酒場の前を通る。
リーフィの踊りで酒場の中は盛り上がっているらしく、彼女をたたえる声や喝采が聞こえてくる。
やれやれ、せっかくリーフィちゃんが踊ってるってえのに
疲れてるのに、アイツラのせいで妙に気が立っちまって。……今夜はじっくりと踊りを見る気分じゃないみたいだねえ
そういって、シャーはまだ自分が仮面をつけていることに気付いて、それを手に取った。ふわっとそれを星の輝く上空に放り投げて、シャーは腰の剣に右手をかけ、ざあっと一閃した。
シャーの後ろに落ちた仮面は、見事に二つに割れていた。
ったく、ホント、隠し事するのも大変だぜ
*
あれー、兄貴、結局返してもらったんですか?
次の日、当然のごとく腰に剣を差して酒場に現れたシャーに、目ざとくカッチェラが声をかけてきた。ほかの男たちも、本当だとばかりに彼の周囲に集まってくる。
シャーといえばドヤ顔で胡坐をかいて、皆の注目を気持ちよさげに浴びながら酒を飲んでいた。
ん、まぁねえ~
シャーは、いかにも得意げだ。ちょっと腕組みしながら渋く酒を飲んでいるつもりだが、何せ顔がシャーなのでどうしても絵面が決まらない。
どうやって返してもらったんです?
そりゃー、オレが本気だしてバッタバッタとやつらをたたき伏せて……
冗談は顔だけでいいですから
本当は、どうせ頼み込んだか、誰かに買い戻してもらったかなんでしょ?
兄貴、借金したんですね。兄貴みたいな一文無しの浮浪者が金借りるとか、どうせ金返せなくて売り飛ばされるのが落ちですよ。悪いことは言いませんから、逃げた方がいいんじゃねえですか?
ちょっ、それ、あまりにもひどいから! あのねえ、オレは借金とかしてないし! 皆、オレのことどう思ってんのさあ!
さすがにシャーは不満げだ。一体、自分についてどういうイメージを持たれているのだろう。あまりにもひどい。
ちょっといろいろあったのー。まあいいじゃん。返してもらったんだから
シャーは、結局そういう風にまとめてしまう。少し不思議なシャーのこと、少しだけ不条理なことが彼にはあるが、皆あまり本気では追及してこない。
それより、昨日リーフィちゃんの踊りが盛り上がったんでしょ? オレも今日は見たいなあ
兄貴また……
兄貴、リーフィだけはやめときなって。高嶺の花すぎますよ
シャーがのんきに口を出すと、周囲がそうやって止めにかかる。昨日あれだけ酷い振られ方していたというのに、この男、本当に懲りない。
しかも、今日はリーフィと来た。あの無表情で笑わないリーフィに本気で優しくしてもらえるとでも思っているのか、この男。
なんでさ。リーフィちゃん、案外優しいから意外とお酌ぐらいしてくれるかも……
今までそうやって撃沈されてきたんでしょ。何とかカッコイイところ見せてから、口説くようにしないと無理ですよ
カッコイイとこなら昨日見せたじゃん。ほら、オレだって頑張ろうと思ったら、どうとでもなるの。昨日、踊ってツケ返したの見たでしょ?
そういってみると、舎弟たちはふーむとうなる。
確かに、踊ってる時の兄貴はカッコイイとは思いますし、あれは立派な技能だとは思うんですけどねえ
でしょでしょっ? いやあ、本当、オレ、ああいうのについては天才だからー
でも、それじゃあ、なんで働かないんですか
へ?
だって、お金とれるぐらいにうまく踊れるのに、踊り手で就職すればいいじゃないですか?
そうだそうだと誰かがはやし立てる。
……それは無理
シャーは、とんでもないとばかり首を振る。
え、どうしてです?
今日だって、筋肉痛で辛いもん。オレ、真面目に働くと体が悪くなんの。踊るのは好きだけど、金もらうために踊るとか考えただけで全身の倦怠感がすごい……
あー
ダメですね、兄貴は。本当に怠け者なんだから。女口説く前に働いてください
そういわれて、シャーはちょっとむっとしたように言った。
怠け者じゃないの。オレにふさわしい職業につけてないだけなの
どうだか。舎弟の誰かが口に出す。
しゃらと衣擦れの音がしたと思ったら、ちょうどリーフィが酒をもって顔を出してきた。
あ、リーフィちゃん、こんにちは! いいお天気だね!
いつものようにシャーが軽く声をかけるのを、舎弟たちはあきれながら眺めている。
今日だって、きっと相手にされるはずもないのに――。