美緒先輩から電話を受けた俺が駆けつけた先にいたのはクラスメイトの久我だった。

……

自分に近づいた犬の頭を撫でながら久我が俺の方を見る。

遙斗

久我…

点いたり消えたりしている外灯の光が奴の姿を照らし出していた。

夜遊びか?

遙斗

それはお前だろ?

遙斗

てか、こんな時間にこんな所で
何をしてんだよ?

別に…

フェリスの散歩を
していただけだ

ワン

遙斗

え…?

一瞬、久我が何を言っているのかが分からなかった。
フェリスってのは確か奴の父親の友人とかいう神父の名前だったはず。
だけど、今の奴は犬の頭を撫でている。

ということは…

遙斗

おま、犬に神父さんの
名前つけてるのかよ?

悪いか?

遙斗

いや、悪いとか
そういう問題じゃなく…

遙斗

てか、悪いかどうかって
いったら悪いんじゃねーか?
そもそも不謹慎だし…

……

ドン引きしている俺に気づかずにか、奴は俺から目を逸らすと犬の背を撫でていた。
その態度にむかついて言い返そうとすると犬が俺の顔を見た。

……

真っ白な毛並みの大型犬だった。
外灯の明かりが点いた時に照らし出された綺麗な青い目が賢そうな印象を与える。

遙斗

と、そんな事は
どうでもいい

意外な所で意外な奴に会ったせいで一瞬気を取られていたが、ふと我に返り、俺はそう言った。

遙斗

お前、この辺歩いてたんなら
美緒先輩を見なかったか?

こないだ、お前と一緒に
いた上級生か?

遙斗

ああ、そうだ

遙斗

さっき電話で話してたん
だけど急に切れたんだ

遙斗

たぶん、
この辺で…

そう言ったのは先輩が家の近くまで来たと言っていたから。

遙斗

先輩は今日、友達と一緒に
町に行っていたんだ

遙斗

それで、家の近くまでは
帰ってきたみたいなんだが
その途中で何かあったらしい

らしい…や、みたいしか言えない自分がもどかしい。

友達と一緒だったのなら、
そっちに聞いてみればいいだろ

しかし、久我は冷たく聞こえる声で、そう言っただけだった。

遙斗

知ってりゃ、とうに
聞いてるさ

遙斗

先輩の友達の話は聞いてるけど
友達の連絡先とか知らねーし!

美緒先輩と一番仲が良いのは優花先輩だ。それから、萌先輩に彩夏先輩も…
そういった話は美緒先輩から聞いていた。
だけど、俺は彼女達の連絡先を知らない。

家の方には
もう行ったのか?

遙斗

いや、家に帰る途中って
いう話だったから…

もしかしたら、もう帰ってる
かもしれないだろ

あの状況で先輩が家に帰ったとは考え難かったが、家の近くまで来ていたのなら家に駆け込んだとも考えられない事はない。
可能性があるなら確かめてみるべきかもしれない。
それに、もしまだ先輩が家に帰っていなかったら、家の人に伝える必要もある訳だし…

遙斗

分かった。
ちょっと行ってくる!

犬の背を撫でながら立っている久我に言うと、俺は先輩の家へ向かって自転車をこぎ出した。


























先輩の家は電気が消えており真っ暗だった。誰もいないか寝静まっているといったところだろう。
それでも、俺はインターホンを鳴らした。

しかし、それに応えはない。
美緒先輩の話だと、先輩のお父さんは単身赴任で海外に行っていて不在らしい。
お母さんの方は看護士をしており、夜勤も多いと聞いた。
先輩が遅くまで出ていた事を考えると、もしかしたら今日も先輩のお母さんは夜勤なのかもしれない。

遙斗

誰もいないか…

そう考えながらも未練がましく、もう一度チャイムを押すが、やはり何の反応もなかった。

遙斗

美緒先輩、
戻ってないのか…

もし家に戻っていてくれたなら、それに越した事はない。だが、何度呼んでも反応がないところを見るに、この家には誰もいないと考えた方が自然だ。

遙斗

もう1回その辺を
見てみるしかないか

そう考えて自転車のペダルをこぎ出す。

間違いなく先輩は家の側まで来ていた。
それなら、この辺りにいるはずだ。



















ふと気が付くと、さっき久我と会った辺りに来ていた。
さすがに今は姿が見えなかったが…

遙斗

久我の奴、
帰ったのか…

汗を拭いながら呟くと、不意に視界が暗くなった。




遙斗

ったく鬱陶しいな

外灯の灯りは点いたり消えたりしており、時折長い時間消えたままの時がある。
防犯上も問題があるだろうし直すか取り替えるかすればいいのに…

遙斗

外灯が、こんな風にいい
加減だから不審者が
出たんじゃねーのか

半ば八つ当たりで言って外灯の付いている電柱を軽く蹴った。
その途端、足にもっふりとしたものが当たる。

 

クゥン

慌てて見てみると、何時の間に近づいたのか大きな白い犬がいた。

遙斗

お前…
久我の犬

遙斗

ってことは、あいつも
いるのか?

そう考えて周囲を見回したが、辺りには誰もいないようだった。

遙斗

あいつ、犬を置いて
帰ったのかよ…

……

犬は俺の足を押すようにして頭を押しつけてくる。
まるで俺が電柱を蹴ったのを咎めているみたいだ。

遙斗

っと、
あんま押すなよ

自転車に跨ったままの足を押されて文句を言うと犬は顔を上げて俺を見た。

ワン

そして、一声鳴くと、また俺を押すように身体を擦りつけてくる。

遙斗

何なんだよ、
お前は…

犬に文句を言った途端、それまで点いたり消えたりしていた外灯の明かりが完全に消えた。

遙斗

あー、
完全に壊れたか

いつまで経っても点かない街灯にぼやいた時…

クン…

微かに、ほんの微かに聞こえるか聞こえないかといった感じの声のようなものが耳に届いた。

遙斗

…?

遙斗

お前、今鳴いた?

俺の足元にいるだろう犬に向かって呼びかけるが返事はなかった。

…サガミクン?

遙斗

本当に小さく、それでもハッキリと聞こえた声に思わず周囲を見回す。
しかし、辺りは暗闇に包まれていて何も見ることはできない。

遙斗

先輩?

それが先輩の声だったのかどうかは分からない。
だけど、この状況でこの場所で俺の名を、そんな風に呼ぶのは美緒先輩以外には考えられない。

遙斗

美緒先輩、
どこっすか?

その問いかけに応えはない。
暗闇の中から先輩が現れることもない。

サガミクン…

遙斗

はい!

遙斗

俺ならここに…

微かに聞こえた声に返した途端、再び外灯の明かりが点いた。
そして、また点いたり消えたりの明滅を繰り返す。
その速度が速くなったような気がした。

遙斗

何だ…?

何か不穏なものを感じ自転車から下りると、俺は周囲の様子を窺った。

その次の瞬間……



















 


















遙斗

っ!?

不意に何者かに足首を掴まれたと思った瞬間、再び外灯の光が消え、辺りが闇に包まれる。



変に明滅する光を見ていたせいで目が慣れず、本当に真っ暗な中に置かれているようにも感じた。



馬鹿な…
俺の足首を掴むという事は、そいつは地面に這いつくばっていることになる。
さっきまでは俺と犬しかいなかったはず…

意外にも冷静にそんな事を考えていると急に地面が消失した。いや、消えたように感じた。

遙斗

落ち…っ



身体が宙に投げ出されたかのようになり、暗闇の中、支えを失った俺の身体は落下していく。



深い闇の中を落ちていく。
周囲一面、どこまでも闇が広がっている。


……



そんな中、何故か俺を見ている白い犬の姿だけが見えていた。


pagetop