この変態オヤジ、と言ってやりたかったが、あいにく今は客と男娼の身。俺は控えめな笑みを浮かべてその男の手をとった。即座に強く体が引き寄せられ、強い香水とタバコの臭いに包まれる…悪寒とともに吐き気がせり上がってきたが、なんとか耐えた。
おお、美しい…やはり、私の目に狂いはなかった
あはは…どうも…
この変態オヤジ、と言ってやりたかったが、あいにく今は客と男娼の身。俺は控えめな笑みを浮かべてその男の手をとった。即座に強く体が引き寄せられ、強い香水とタバコの臭いに包まれる…悪寒とともに吐き気がせり上がってきたが、なんとか耐えた。
このパーティーの間、お前はずっと私のそばにいるだけでいい。下賎なお前にはわからないだろうが、貴族には建前が必要でな?お前にぴったりな仕事だ
そうでしょうか?私以外にも、美しい女性がいたはずです
謙虚な性格は嫌いではないぞ?ぐふふ、では、行くぞ
はい、旦那様
無駄に豪華な馬車に乗り、揺られること数十分。これまた豪華な作りの建物の前につき、そこで下ろされる。男に手を引かれるままに、会場へと足を踏み入れた……。
至るところから視線を感じる…やっぱりバレたんじゃないか?俺が男だって…。
隣にいる男はそれにご満悦なようだが…俺は気が気じゃない。落ち着かねえし、何より…
こいつ……さっきからずっと体をまさぐってくる…ボディタッチってレベルじゃねえぞこれ…!
涼しい顔して、ずっと体を…特に下半身をまさぐってくる…欲情でも狙ってるのか?
でも…それが目的なら、残念ながら不可能だ。娼婦とか男娼は感じやすいってのが世間の見方だろうが…俺はそうじゃない。あれは全て、金を稼ぐための演技だ。そもそも、そういう職業のやつがバンバン欲情なんてしたら日常生活なんてできない。夢を壊して悪いな。
そんなことも知らず、男は俺の体をまさぐり続けている…が、一向に俺に変化がないのでだんだんイライラが溜まってきているようだ。男の顔から笑顔が消える回数が増えてきた…。
どうかしましたか、旦那様?
挨拶が一通り済んだところで声をかけてみる。と、男は無理矢理笑みを作って、何でもない。と答えた。さて、そろそろ追加料金の売り込みでも始めるか…
これはこれは…久しぶりだな、公爵殿?
低く静かな、とても通る声がした。出どころを探ると、そこには美しい天族の男と…召使だろうか?赤い頭巾を被った、俺と同い年くらいの男がいた。天族と対面すると、男の態度が明らかに変わった。俺の腰に伸ばされていた手が引き、引き腰になってペコペコと礼をし始める…。
かっ…カミエル殿!!お久しぶりでございます…!!ほら、お前も挨拶をしろ…!
男に促され、俺もぺこりと礼をする。カミエルと呼ばれた天族は鼻を鳴らすようにして笑い、召使の方は…何故か赤面している。
本当だな…その女は…?
あっ、あー…は、はい…これ…い、いや、彼女は、私の愛人でして…シルフィーといいます
ほう…ずいぶん歳が離れているようだが…私の息子と同い年くらいに見えるが?
い、いやその…ん?ご息子…?
…?ああ、最後にあったのはこれが生まれる前だったか…紹介しよう。息子のアルマだ
そう言うと、男の隣に控えていた赤ずきんがぺこりと礼をした…こいつ、息子だったのか…。
アルマです…よろしくお願いします
ゴキゲン麗しゅう、アルマ殿。私は…
不思議なやつだと思った。完璧に受け答えをしているのに、視線はほとんど俺の方に向いている…いつもなら不快でしかないのに、何故かそう感じなかった。相手がまだ子どもだからだろうか?
あっ、あのっ…
そしてついに話しかけてきた。
よ、良かったら…シルフィーさんとも…お話してみたいな…なんて…
アルマ…たとえ愛人だろうと、相手がいる女性にそういうことを申すのは…
あー、いえいえどうぞどうぞ…シルフィーは美しいですからな。話してみたくなってしまうのも頷けます
ほっ、本当ですか!?ありがとうございます…!
おい待て!!声をまるまる女にするなんて流石に無理があるぞ!!アルマは俺の手をとると、人々の合間を縫って会場から俺を連れ出したーー。
ごめんなさい、急に連れ出したりなんてして…
…………
あ、あの……怒ってる…?
ど、どうする…ここでむやみに喋ったりなんかしたら…で、でもこのまま黙っているわけにも…。
……今夜の月は、良く見えるね
……は…?
思わずマジトーンで言ってしまうが、聞こえてなかったようだ…危ない危ない…。
こんなに月が綺麗に見えるのは…あなたが隣にいるからかな…?
っ……ぶっ…
ダメだこれ…もう耐えられない…!
あはははっ……ははははは!!
っ!?ど、どうしたの…?
ははっ…あはははっ…!!ああ、おかしい!!お前、もしかして俺のこと口説こうとしてる?
おっ…男…!?
ははははっ…そうだよ、俺は男だ。残念ながらな
ひとしきり笑った後アルマに目を向けると、驚きでまん丸になった目と目が合った。面白い顔するな…
驚いたなぁ…こんなに綺麗な男の人がいるなんて…
お褒めに預かり光栄だぜ、王子様
社交礼儀としてアルマの手を取り、その甲にキスを落とす。こういうことはやりなれてないのか、彼の顔がぼっと赤くなった。
もしかして…今日が外交デビューか?
わ、わかる…?
ああ。ガッチガチに緊張してるからな
…君は、慣れてるの?
まあな。仕事柄…よくってわけじゃないが、たまに回ってくるんだ
へえ……ねえ、そういえば、なんだけど…
ん?
ずっと、体触られてたよね…?大丈夫だった?
頭巾の下から心配そうな目が覗く…見てたのか、こいつ…
見てたんだ?
うん…あっ、き、君をずっと見てたわけじゃないよ!!そ、その…公爵の挙動がおかしかったから…つい…
ふうん…なかなか観察力があるんだな
えへへ……嫌がってるように見えたから…外まで連れてきたんだ
………そんなに嫌がってるように見えたか?
うん…顔色も悪いし…
隠してきたはずなのにそこまで言い当てるアルマに、俺は心底驚くと共に感心していた。腐っても王子ということか…。
さすが、王子様だな
……アルマって呼んでよ。王子って呼ばれるの、嫌いなんだ
そうか。なら、そう呼ばせてもらう…アルマ
うん…えっと…君は?本当にシルフィーって言うの?
……シルフだ。シルフ・タナイスト
何の抵抗もなく名前が口から出たことに驚いた。何故だろう…こいつといると、すごく落ち着く…野心がないから?純粋だからか…?でも、会ったばかりじゃ、そんなことわからないじゃないか…。
シルフ…名前も綺麗だ
名前だけさ。褒めたって何も出ないぞ
そんな事ない……ねえ、シルフ?
なんだ?
思えば、この言葉からだったのだろう…この後、俺とアルマは一生の殆どを共にすることになる…そんな、大事な思い出…。
僕と、友達になってよ。同年代で、こんなに遠慮せずに話してくれた子は、君が初めてなんだ