――翌朝。

召し使い

お早う御座います、メナ様。

メナ

おはようございまーす。
最高だったわ。
すっごくフカフカのベッド。

召し使い

喜んで頂ければ幸いです。

 召し使いは自然な笑顔をメナに見せた。メナも笑顔で返したが、どうもあの息子の事が心の奥で気に掛かっていた。

ハル

ペクンタ~、どこっすかぁ~。
ペクンタ~ァ~

 寝ぼけて廊下を彷徨うハルの声が遠くに聞こえる。召し使いに浮いた笑いを送った後、急いで引き取りに走るメナ。他の召し使いと一悶着あったが、二人は共に朝食も御馳走になった。

ハル

やっぱりお世話になりっぱなし
じゃぁ申し訳ないっす。

屋敷の主人

何を仰られる。
御礼も受け取られずに
そのような事を。

メナ

何か私達で手伝える事は
ありませんか?

 そうメナが尋ねた時、執事が主人に何か耳打ちした。

屋敷の主人

そう仰られるなら
お伝えしましょう。
偶然にも一件、
問題が発生しているようです。

 問題とは、昨日の深夜、街のはずれにある山道で大きな崖崩れがあったらしい。怪我人は出ていないのだが、通行不能になっている様子。生活に支障はないが、一部の者が困っているようだ。ハルとメナは迷う事なくそこへ向かう事にした。

 崖崩れは想像以上に酷く、簡単に復旧の目途は立たなさそうだ。役人と何人かの住人が集まっている。

銀髪の女

どきなさい。
多少危険だからって
ここでじっとなんか
してられないのよ。

 役人に突っかかっていたのは、ハル達より少し年上と思われる女性だった。銀髪を綺麗に結い上げており、少しきつそうな鋭い目で、二歩下がっている役人を睨み付けていた。役人は職務上、安全を確認するまでこのような場所を封鎖するものだ。

ハル

おっかないっす。
弱そうな役人が
びびってるっすよ。

メナ

綺麗な人……。
そうまでして通らなきゃ
いけない理由があるのかな。

 どれだけ銀髪の女が詰め寄っても、役人が道を開ける事はなかった。確かにまだ岩だらけで進めないし、その岩も登ろうにもいつ崩れるか分かったものではない。

メナ

確かに危険そうね。

リュウ

そうだな。確かにここを
通るなんて無茶だ。

 いきなり話に入ってきたのは、リュウだった。

リュウ

面白そうなんで
俺もついてきたんだ。

ハル

おー、それは良いっす、
人手は多い方が良いっすよ。

メナ

は、はぁ

 メナは気のない返事をする。昨晩のリュウみたいにのんびりした雰囲気と違って見える。夕食後の笑みを思い出し、気になって警戒してしまう。

ハル

それじゃあ、作業するっす

 ハルは腕を回して、端にある石を運び出した。メナとリュウもそれに続いた。

銀髪の女

はぁ?
今から石を運ぼうって言うの?
何日かかると思っているの。
そんな悠長な事してられないわ。

 銀髪の女はハルを見て、言葉をぶつけてきた。

ハル

まぁまぁ、自分達は少しでも
この街の役に立ちたいんすよ。

 ハルの言葉には耳を貸さず、銀髪の女は役人に詰め寄る。

銀髪の女

この先にある清流の水が
病気の妹に必要なの。
勿論、自己責任で行くから
そこを通してちょうだい。

 どうやら困っている一部の人間というのは、その清流が目的らしい。役人が言うには、他の仕事もある為、大勢の人数を使えないようだ。どうしても手が足りないとか、四、五日かかるだろう、安全を第一になどと、話題があちこちに拡がっている。

メナ

あの人、やっぱり
そんな大切な理由があったのね。

リュウ

まっ、俺達は出来る事を
少しずつでもしようか。

 リュウは比較的大きめの岩を一人で持ち上げて言った。心配するメナは、両手を胸の前に重ねた。
 そうして、傍目には何も進行していないように見える三人の作業は進む。

ハル

ぺ、ぺ、ペクンタ♪
なっぜ、黄っ色ーい♪
そっこのけそっこのけ
ミルクが美味い♪
長~いお耳は
ふにふにっすぅ~♪

 ハルはご機嫌な調子で自作の歌を口ずさむ。石を運ぶ手も軽そうだ。ペクンタを知らない二人も、その楽し気な歌の陽気さに顔が緩んだ。

若者A

おらぁ! 通せよ!
クソみたいな役人が!

若者B

肝心な時にお前らは
役に立たねぇくせに!
どきやがれ!

 通行出来ない街の住民の中でも、若く元気な連中が騒ぎ始めた。その声が不満の声を増長させ、何人かがそれに乗り始めた。

若者A

面倒だ!
役人なんぞ気にするな!

若者B

構う事はねぇ!
ぶちのめしてやれ!

 荒っぽい野次が飛び交い始めると、役人達が後ずさりする。余計に勢いに乗る若者達。それを見て、銀髪の女が若者達の方に向いて言う。

銀髪の女

そういう方法は良くないわ。
数にものを言わせてだったり、
ましてや暴力なんて。
落ち着きなさい。

 この勢いに乗って突破を目論むと思われたが、意外にも冷静な口ぶり。それが若者達の火に油を注いだらしい。

若者B

なんだこのアマァ!

 詰め寄ろうとする若者。メナが危ないと思った時、銀髪の女の前にリュウが立ちはだかった。

リュウ

まぁまぁ、熱くなるなって。

若者B

うるせぇよ、女子供だろうが
関係ねぇぞ。

リュウ

……はいはい、わかったよ。
邪魔しないって。
勝手に役人相手に
暴れたらいいよ。
おねぇさん、もうほっ……

銀髪の女

…………

 銀髪の女は、頑として若者達の前に立ちはだかっていた。曲がった事が嫌いなんだろう。今にも荒れ狂いそうな若者達に物申した。

銀髪の女

あなた達、うるさいわ。
そんな元気があるなら、
街に帰って
薪でも割ってなさい。

 役人を含めた全員が、その言葉に凍り付いた。

 そして顔をさらに険しく変化させていく若者達が、銀髪の女に掴み掛かってきた。

 ~新章~     11、故郷を彷徨う男

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