15年前――フィガロの死と同じ頃。
ディープス国境から離れた崖道。

完全に挟まれたか。
ですが母上、ご安心下さい。

レスティオーネ

フィレイグ、無理をしてはいけません。
可能な限り穏便に済ませるのです。

フィレイグ

詠弦公フィガロの血を引く私が、
賊になど負けようはずが
ございません。

 詠弦公フィガロの家族を乗せた馬車は、崖道で賊に追われていた。更に前方からの挟み撃ちの賊が視界に入った所だ。

 馬車を追い掛けてくる賊から、矢が飛来する。

フィリオーネ

兄様! 矢が!
フィリオーネは
恐ろしゅうございます。

フィレイグ

この兄を信じろ、フィリオーネ。
落ち着いて対処すれば問題ない。

フィレイグは護衛を呼び寄せ馬車に入れる。そして自らは馬に股がり弓を手に取った。

フィリオーネ

兄様っ! 行かないで!

フィレイグ

母上とフィリオーネを頼む!

護衛兵A

はっ! フィレイグ様、御武運を。

フィレイグ

フィリオーネ、すぐに戻る。
城に帰ったら一緒に遊ぼう。

フィリオーネ

あっ!

 颯爽と馬で駆け出すフィレイグは、前方の賊に単騎で突っ込む。あっという間に、車内のフィリオーネの視界から消えた。

フィレイグ

全面突破する!
お前達、私に構わず走り抜けろ!

護衛兵B

フィレイグ様ぁ!
お任せ下さい!

護衛兵C

全員生きて帰る!

護衛兵D

勇気と正義を共に!
御武運を!

護衛兵E

うおぉぉぉぉぉ!
フィレイグ様!
信じております!

 部下の言葉を背に受け、単騎疾走するフィレイグ。その前方から走ってくる賊の馬車から、矢が放たれた。

フィレイグ

かような惰弱な矢に射られるほど
のんびりはしておらんぞ。

 一斉に放たれた賊の矢を、馬を捌き躱す。お返しにとフィレイグの放った矢は、空を切り裂き賊の馬車を引く馬の眉間に吸い込まれた。

ぐぁっ、や、野郎!

 馬車に乗っていた賊共が、全員外に放り出される。その内二人は、起き上がりフィレイグの方を向き直った時に、矢で胸部を貫かれていた。

何っ! ち、ちくしょーがぁ!
なめられてたまるかっ!

 起き上がった賊は、あと二人。一人は斧を振り上げたが、あまりにもフィレイグの接近が速かった為、馬に跳ね飛ばされ崖下にのまれた。最後の一人は、すれ違いざまに切り捨てられ一瞬で絶命した。

フィレイグ

前方には国境の砦が
もうすぐ見える筈。
賊は後方に残る八騎のみ。

 すぐさま馬首を返すフィレイグは、母と妹が乗る馬車とすれ違うように後方の敵に駆けていく。

護衛兵D

フィレイグ様、数が多すぎます!

護衛兵B

私もいかせて下さい!

護衛兵C

俺もだ!
俺も戦うぞ!

護衛兵E

っしゃぁぁぁ!
いったらぁあああ!!!

フィレイグ

絶対にならんっ!
馬車を護る事に専念せよ!

 すれ違いざまに部下に指示を飛ばしたフィレイグの頬を、賊の矢がかすめる。そのまま馬上戦闘に突入するフィレイグ。
 通常、単騎で八騎を相手にするなど無謀も無謀。だが、幼い頃から国で一番の武人であるフィガロに鍛えられてきたフィレイグである。16と成人して間もない歳だが、閃光の如き剣が、賊共を殲滅してみせたのだ。

フィレイグ

はぁ、はぁ……
早く戻らねば。

 先を進む馬車を視界に捉えると、崖道の頭上から、怪しい影が見えた。

 直観的にフィレイグは走り出す。無茶な戦闘後の身体はあちこち悲鳴を上げているが、そんな事は忘れていた。

護衛兵C

フィレイグ様ぁー。
流石でございます。

護衛兵D

凄いです。
あれだけの敵を相手に。

フィレイグ

くっ! 上だっ!
崖の上に何者かがいるぞ!
早くそこから離れろっ!

 賊の殲滅を遠目に確認した護衛兵達は、馬車を止めフィレイグを迎えようとしていたのだ。

護衛兵E

えっ?

護衛兵B

し、しまった!!

 怪しい影は、音もたてず崖を降り始めた。猛スピードで接近するその先は、完全に止まった馬車があった。

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