私が、姉を殺した…?

分からない。

私には、姉の言うことが分からない。

今朝のことだ。

愛するココロ。
覚えているだろ?

今朝?

私はいつも通り目を覚まし、
いつも通り朝ご飯を食べ、
いつも通り学校の準備をして、

そして――

おはよう、愛するココロ

と、いつも通りに無表情で挨拶をしてきた姉に、

おはよう、未来姉さん

と、私は笑顔で挨拶を返した。

いつも通りに無表情ではなく、
笑顔で、言った。

『姉が無表情なのに』
『笑顔で』

まさか……

それが、悪かった……?

何か、思い当たったか?

私がいつもと違う行動をしたことが、
姉を傷つけてしまった?

そんなことって……?

――今日のお前の笑顔の挨拶だよ

あれは、痛かった
……とても、辛かったよ。

姉は語る。

愛するココロ。

お前はさ、私に対しては不器用で、
周りに対してとても器用だ。

それは、私に対する苦手意識と、
周りに対する心の無さに由来する

でも、今日のお前は違ったな?

……やめて。

それ以上、言わないで。

もう、分かったから。

普段は無表情だったのが笑顔になったんだ。
普通だったら喜ぶところだ。

『妹が私に心を開いてくれた』って。

だけど、私にはすぐにわかったよ。

……やめて

お前は今日、私を理解することを完全に諦めたんだ、って。

もうやめてよ! 未来姉さん!

無自覚、だった。


なぜ、自分は笑ってしまったのか。
そんなこともわからず、私は姉に対して微笑みかけていたのだ。


――ああ、私の生き方のせいだ。

相手が向けてきた感情をそのまま返す癖。

相手が笑っていたら私も笑う。

泣いていたら泣いて。

怒っていたら怒って。

悲しんでいたら、私も悲しむ。

そうやって、自分の本当の気持ちに蓋をして、

私はこれまで生きてきたんだ。

だから、今朝の行動は、

私にとってもイレギュラーな行動だった。

姉に対する感情のぎこちなさ。

それは、姉には特に、私の本当の気持ちを知られたくなかったから。

姉に対する後ろめたい感情を隠したかったから。

だから、私は姉と接することに苦手意識を持っていた。



その後ろめたさとは。

『姉のことが理解できないこと』

その一点だ。

だから、私の行動が普段と変わったならば、

その後ろめたさが消えてしまったことに他ならない。

それはつまり、私が姉の理解を完全にあきらめてしまったことになる。





――なぜ?

――なぜ、私はそんなことを?

ふつふつと、私の中のココロが騒ぎだす。

……怖い

そう、怖い。

私のすべてはそこに帰結する。

私は、『自分の感情』が怖い。

『自分の醜さや卑しさ』を知ってしまうのが怖い。

だから、私は常に自分の感情を消してきた。

周りの感情に合わせることで、自分自身の感情をないがしろにしてきた。



姉が尋ねたのはそこだ。

『お前にココロはあるのか?』



私の答え。

私のココロは、私の周りの人間の中にある。

私以外の存在のすべての心の中に、少しずつ。

だから、私の中のココロなんて知らない。

そんなもの、無い。



でも、今は、私の周りにココロとなってくれる存在が居ない。

姉が私に向ける感情を裏切ってしまった今、

この場に居るココロは私一人だけだ。

ああ、――きっと私のココロは泣いている。

しくしくと、さめざめと。

道化の私を仰ぎ見て、泣いている。

姉と真正面から向き合わない私を。

自分自身とも向かい合えない弱い私を。

私のココロは、きっと私自身を許さない。


だから、怖い。



でも、たぶんもう無理なんだ。

姉には私のことがよく分かっている。もう取り繕えない。

こうなった以上、私の本当のココロと、

それが叫ぶ醜い感情がなければ、

私は姉も、――自分自身でさえも説得できないに違いない。



大体、おかしいんだ。

齟齬があって、矛盾がある。

姉を連れ戻したいと思った自分の気持ちに嘘はない。

それなのに、なぜ、私は――

なぜ、私は今朝、笑ったのだろう

それは、私のこれまでの生き方にもそぐわず、

私の中の感情とも一致しない行動。

ともすれば私と姉を裏切る行動。

でも、それは決して、

私の根幹から外れた行動ではなかったように思う。



――思い出せ。

私の根幹とは、何だった?

なぜ、私はこんなに不自由な生き方をしている?

なぜ私は自分自身をないがしろにしてまで、

私自身の感情を消してまで生きている?

なぜ私は、自分の醜さや卑しさを嫌う?



その答えを。

今、思い出せ。

今の物語 ~私が姉にしたこと2~

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