800年、経ったんです……
800年、経ったんです……
翔さんって、意外と若かったんですね。
意外とってなんだよ、意外とって。
表情も豊かだ。
ツラは若いけど、歳はお前らよりずっと上だぞ!
敬えっ♪
見えない。
同い年くらいなんじゃないか?
軽いし……。
そのお面に見覚えがあったので、昔お世話になった天狗さんかなって思ってたんですけど。
敬語使うの、めんどくなってきた……。
けど、そういうわけにもいかないよな。
「敬え」って言ってたし。
この面?
ジジイの面、ちょっと拝借しただけだよ。
ジジイって……?
鞍馬山の僧正坊。
鞍馬山の天狗さんの一番偉い人だ。
牛若丸に剣術を教えてくれた人のひとり。
天狗さんのお孫さん?
孫っつーか、ひひひひひひひひひ孫くらい?
この人(?)たち、寿命あるのか?
天狗さん、
お元気ですか?
元気元気。
昨日も怒鳴られたけど、血圧上がってたみたい。
元気じゃないじゃん……。
お体を大切にって伝えてください。
大事にしなくても、死にゃしないから気にすんな。
天狗さん、
血圧あがりそうだな……。
ってか、まだご存命なんだ……。
ふむ……。
叢雲さまは、じっとこっちを見ていた。
どうしました?
おぬしは、何者だ?
ボクですか?
さっき、言った気がするけど、まあ、こういう人は覚えないよね……。
田中経次郎です。
17歳で、高校生やってます。
この人(?)たち、高校ってわかるのか?
それはもう聞いた。
おぬしは何者だ?
…………。
高校生は言ってない気がするけど……。
でも、やばいかも?
叢雲さま、どっちかっていうと、平家寄りっぽい感じするし……。
義経だって言わない方がいいのかな?
なぜ、僧正坊のことを親しげに呼ぶのだ?
今は、田中経次郎ですが、源九郎義経の記憶があります……。
言っとこ。
ちっ
え?
叢雲さまは、舌打ちをした……。
海爾のバカもんが……。
息子を使って、主を召喚したか……。
え? 召喚?
ボク、珍獣扱い?
人間じゃないのか?
ここにいる唯一の人間だと思ってたんだけど……。
叢雲さま、それは違います。
ヒヒイロカネを使って、多少は怪しげなことをしましたが、経次郎殿は転生しております。
やっぱ転生なの?
どっちなんだ?
なんか、ボクだけわかんない感じ……。
記憶が残っていれば同じことよ。
過去の記憶など、覚えておらぬ方がよい。
ボクも、そうだと思います。
叢雲さまは、ボクを思って、そう言ってくださるんですよね?
誰が貴様のことなど……。
まあ、うん。
そうだよね……。
義経が……、
平家を滅ぼしたからですか?
ひとりでそのようなことができるはずがない。
吐き捨てるように叢雲さまは言った。
あ……、はい。
すみません。
そうですよね……。
義経がすごかったわけじゃない。
彼は、みんなが助けてくれたから、いろいろなことができた。
そういう意味で言ったのではない。
人に助けられるというのも才能だ。
お前が何もできないと言ったわけではない。
あやつらは時代に選ばれなかった。
ただ、それだけのことだ。
…………。
どっちかっていうと、ボクも選ばれてないけど……。
あのように不安定な時代で、あの場所だけ優雅な時が流れるということが幻想だったのだ。
ただ、とても、楽しい時であった……。
外に出て、いろいろな物が観れた。
あんなに楽しかったことはない。
叢雲さまは、平家の方々が好きだったんですね。
別に……、好きとか嫌いとかは……。
あ、照れた……。
そうだな。
あやつらと一緒に消えるのも悪くはないと思っておった……。
叢雲さまは、そう言って寂しそうな顔をした。
だが、それももう……
?
叢雲さまは、翔さんの方を向く。
おぬしらは、わらわを直すのであろう?
無理にとは言いません。
我らは、叢雲さまの意思を尊重するつもりです。
ふん。
悠長なことを言いおる。
貴様らはわらわのことなど、
なんとも思ってないだろうに。
そんなことありませんよ……。
叢雲さまは、ボクを見る。
わらわは修繕が済めば、おぬしに預けられるそうだ。おぬしはわらわをどうするつもりなのだ?
え?
なんでそんな話になってるんだ?
海爾が言っておった。
「主に渡したい」と……。
あのクソ親父……。
わらわを使うつもりがあるのだろう?
あ……、えっと……
義経は……、兄上に渡すために、天叢雲剣を必要としていたのです。
む?
なので、ボクは必要がありません。
なんと!!
わらわは源氏の馬鹿どもが必要としていると聞いたから修繕を断っていたのだぞ!
………………。
いつの話をしているんだ?
源平の世は終わっていて、
あれから800年たってます。
それは聞いた!
もう、皆、亡くなっているので……。
…………。
頼朝も
もうおらぬのか?
はい……。
兄上……。
あの人は、どこにいるのだろう……。
人の命は短いのお……。
叢雲さまは、ぽつんとつぶやいた。
なれば、修繕でも、してもらおうかの……。
いいんですか?
意地を張る意味がなくなった。
そうか……。
もう800年。
時が過ぎるということを
忘れていたやも知れぬ
………………。
叢雲さまは、とても寂しそうだった……。