800年、経ったんです……

経次郎

翔さんって、意外と若かったんですね。

意外とってなんだよ、意外とって。

表情も豊かだ。

ツラは若いけど、歳はお前らよりずっと上だぞ!

敬えっ♪

見えない。
同い年くらいなんじゃないか?

軽いし……。

経次郎

そのお面に見覚えがあったので、昔お世話になった天狗さんかなって思ってたんですけど。

敬語使うの、めんどくなってきた……。
けど、そういうわけにもいかないよな。

「敬え」って言ってたし。

この面?
ジジイの面、ちょっと拝借しただけだよ。

経次郎

ジジイって……?

鞍馬山の僧正坊。

鞍馬山の天狗さんの一番偉い人だ。
牛若丸に剣術を教えてくれた人のひとり。

経次郎

天狗さんのお孫さん?

孫っつーか、ひひひひひひひひひ孫くらい?

この人(?)たち、寿命あるのか?

経次郎

天狗さん、
お元気ですか?

元気元気。
昨日も怒鳴られたけど、血圧上がってたみたい。

経次郎

元気じゃないじゃん……。

経次郎

お体を大切にって伝えてください。

大事にしなくても、死にゃしないから気にすんな。

経次郎

天狗さん、
血圧あがりそうだな……。

ってか、まだご存命なんだ……。

天叢雲

ふむ……。

叢雲さまは、じっとこっちを見ていた。

経次郎

どうしました?

天叢雲

おぬしは、何者だ?

経次郎

ボクですか?

さっき、言った気がするけど、まあ、こういう人は覚えないよね……。

経次郎

田中経次郎です。
17歳で、高校生やってます。

この人(?)たち、高校ってわかるのか?

天叢雲

それはもう聞いた。
おぬしは何者だ?

経次郎

…………。

高校生は言ってない気がするけど……。

でも、やばいかも?
叢雲さま、どっちかっていうと、平家寄りっぽい感じするし……。

義経だって言わない方がいいのかな?

天叢雲

なぜ、僧正坊のことを親しげに呼ぶのだ?

経次郎

今は、田中経次郎ですが、源九郎義経の記憶があります……。

言っとこ。

天叢雲

ちっ

経次郎

え?

叢雲さまは、舌打ちをした……。

天叢雲

海爾のバカもんが……。
息子を使って、主を召喚したか……。

え? 召喚?
ボク、珍獣扱い?

経次郎

人間じゃないのか?

ここにいる唯一の人間だと思ってたんだけど……。

叢雲さま、それは違います。
ヒヒイロカネを使って、多少は怪しげなことをしましたが、経次郎殿は転生しております。

経次郎

やっぱ転生なの?

どっちなんだ?
なんか、ボクだけわかんない感じ……。

天叢雲

記憶が残っていれば同じことよ。
過去の記憶など、覚えておらぬ方がよい。

経次郎

ボクも、そうだと思います。
叢雲さまは、ボクを思って、そう言ってくださるんですよね?

天叢雲

誰が貴様のことなど……。

まあ、うん。
そうだよね……。

経次郎

義経が……、
平家を滅ぼしたからですか?

天叢雲

ひとりでそのようなことができるはずがない。

吐き捨てるように叢雲さまは言った。

経次郎

あ……、はい。
すみません。

経次郎

そうですよね……。

義経がすごかったわけじゃない。
彼は、みんなが助けてくれたから、いろいろなことができた。

天叢雲

そういう意味で言ったのではない。

天叢雲

人に助けられるというのも才能だ。
お前が何もできないと言ったわけではない。

天叢雲

あやつらは時代に選ばれなかった。
ただ、それだけのことだ。

経次郎

…………。

どっちかっていうと、ボクも選ばれてないけど……。

天叢雲

あのように不安定な時代で、あの場所だけ優雅な時が流れるということが幻想だったのだ。

天叢雲

ただ、とても、楽しい時であった……。

天叢雲

外に出て、いろいろな物が観れた。
あんなに楽しかったことはない。

経次郎

叢雲さまは、平家の方々が好きだったんですね。

天叢雲

別に……、好きとか嫌いとかは……。

あ、照れた……。

天叢雲

そうだな。
あやつらと一緒に消えるのも悪くはないと思っておった……。

叢雲さまは、そう言って寂しそうな顔をした。

天叢雲

だが、それももう……

経次郎

叢雲さまは、翔さんの方を向く。

天叢雲

おぬしらは、わらわを直すのであろう?

無理にとは言いません。
我らは、叢雲さまの意思を尊重するつもりです。

天叢雲

ふん。
悠長なことを言いおる。

天叢雲

貴様らはわらわのことなど、
なんとも思ってないだろうに。

そんなことありませんよ……。

叢雲さまは、ボクを見る。

天叢雲

わらわは修繕が済めば、おぬしに預けられるそうだ。おぬしはわらわをどうするつもりなのだ?

経次郎

え?

なんでそんな話になってるんだ?

天叢雲

海爾が言っておった。
「主に渡したい」と……。

経次郎

あのクソ親父……。

天叢雲

わらわを使うつもりがあるのだろう?

経次郎

あ……、えっと……

経次郎

義経は……、兄上に渡すために、天叢雲剣を必要としていたのです。

天叢雲

む?

経次郎

なので、ボクは必要がありません。

天叢雲

なんと!!

天叢雲

わらわは源氏の馬鹿どもが必要としていると聞いたから修繕を断っていたのだぞ!

経次郎

………………。

いつの話をしているんだ?

経次郎

源平の世は終わっていて、
あれから800年たってます。

天叢雲

それは聞いた!

経次郎

もう、皆、亡くなっているので……。

天叢雲

…………。

天叢雲

頼朝も
もうおらぬのか?

経次郎

はい……。

兄上……。
あの人は、どこにいるのだろう……。

天叢雲

人の命は短いのお……。

叢雲さまは、ぽつんとつぶやいた。

天叢雲

なれば、修繕でも、してもらおうかの……。

いいんですか?

天叢雲

意地を張る意味がなくなった。

天叢雲

そうか……。
もう800年。

天叢雲

時が過ぎるということを
忘れていたやも知れぬ

経次郎

………………。

叢雲さまは、とても寂しそうだった……。

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