平家は好きか?

経次郎

今までどこに
いたんですか?

天叢雲

どうしてそんなことを
おぬしに言わんといかんのじゃ?

経次郎

ずっと気になってたって言うか……。

だって、義経も探してたし……。
見つかっても今更なんだけど……。

天叢雲

言わん。

経次郎

そうですか。

天叢雲

…………。

天叢雲

おい……

経次郎

はい?

天叢雲

「そうですか」って、
なんでそんなにすぐに諦めるのじゃ?

経次郎

諦めたとかじゃなくて、言いたくないのに、無理に言ってもらわなくてもいいかなって。

天叢雲

言いたくないわけではないぞ。

経次郎

じゃあ、教えてくれるんですか?

天叢雲

嫌じゃ。

経次郎

それならいいです。

天叢雲

だから、知りたいのなら、
もっとしっかり聞けばいいじゃないか。

経次郎

…………。

面倒くさいな……。

経次郎

教えてください。
知りたいです。

とりあえず、そう言ってみた。

天叢雲

まったく
近頃の若いもんは。

天叢雲

海の中じゃ。

経次郎

…………。

天叢雲

もうちょっと反応せんか!

経次郎

あ、はい……。

経次郎

「そうだったんですか~
へ~。」

天叢雲

棒読みすな。

経次郎

だって、二位の尼様と
海に落ちたんですよね?

天叢雲

うむ。

経次郎

順当な場所なんじゃないですか?

天叢雲

「なぜ、そんなところに!!」とか「竜宮に行ったのか?!」とか、ないのか?

経次郎

竜宮城に行ってたんですか?

天叢雲

行ってない。

経次郎

じゃ、八百年間ずっと
海の中ってことですか?

天叢雲

うむ。

経次郎

よく、飽きませんでしたね。

天叢雲

寝てたからな。

経次郎

寝てたんですか?

天叢雲

人の近くにいると、騒がしいでの。
海の中は心地よくて……。

天叢雲

ちと寝過ごしてもうた。

経次郎

寝過ごした?

天叢雲

ん……。

天叢雲剣は、持っていた本体(?)を鞘のような入れ物から抜いて地面に投げた。

天叢雲

ずっと海水につかっていたからな。
いくらわらわでも、こうなってしもうた。

オリハルコンって、錆びないって聞いた。
でも、錆びてた……。

天叢雲

あと少し海の底に居れば、
跡形もなくなったであろう。

天叢雲

そのまま朽ち果てても
わらわは構わなかったのだがな……。

経次郎

…………。

天叢雲

皆と共に
楽しい世界に行くのも手じゃろう。

天叢雲

じゃが、人の願いが
聞こえてくるのじゃ。

天叢雲

もう、聞こえんでもいいと思っていた声が、じっとしていると、聞こえてくるのじゃ。

天叢雲

うるそうてかなわん。

経次郎

どんな願いですか?

天叢雲

昔は「勝たせてください」というのが圧倒的に多かったが、最近はたまに「平和」をというのが混じる。

天叢雲

わらわにそんなものを
願ごうても……。

経次郎

「平和を得るためには、戦わなければ」
という考え方が増えているのかもしれません。

天叢雲

人というのは、
不可解な生き物じゃ。

経次郎

戦をするのに理由をつけて、自分の正しさを主張したがってるんですよ。

天叢雲

ふむ。

経次郎

「自分は平和のために戦っているのだ」
と言えば、争いを好まない人たちから賛同を得られます。

天叢雲

争いを好む者たちは
どうするのじゃ?

経次郎

それで戦になるんですから、争いを好んでいる人たちは大喜びですよ。

天叢雲

おぬしは戦いを好むのか?

経次郎

まさか。

経次郎

ボクは嫌いです。
力でぶつかれば、どちらも傷つきます。

経次郎

でも、実際に傷つくのは
立場の弱い人たちです。

経次郎

戦いたがるのは、
安全な場所にいて、
利益を得られる人たちです。

天叢雲

おぬし、
歳はいくつだ?

経次郎

17です。

天叢雲

おばばより若いのぉ。

経次郎

……そうですね。

そこと比べる?

経次郎

二位の尼さまとは、
立場も育った時代も違うので。

天叢雲

おぬし、
おばばを知っておるのか?

経次郎

あまり
知りません。

義経が会ってたとしても、かなり小さい頃だし……。

めんこい子じゃのぉ

ほほほほ
ほほほほ

経次郎

という景色が
浮かぶんだけど……。

経次郎

清盛さまの奥さんと義経が、そんなにこやかに会ってるわけないし……。

経次郎

二位の尼さまからすれば、自分の旦那の妾の連れ子なわけだし……。

それとも、やっぱりボクは義経じゃなくって、平家の人間だったとか……。

経次郎

そうだとすると、静香の元旦那という立場じゃなくなるんだよね……。

ボクは平家の人間で、貴族相手に舞っていた静御前に憧れを抱いていただけだったのかもしれない……。

経次郎

それだと静の態度も
納得できる……。

私があんたみたいな
なさっけない男
好きになるわけないでしょ!

と、よく言われた……。

経次郎

ボクが義経じゃなくって、
平家の人間だったからかも……。

だって、義経って、なんだかんだで英雄だよ?
それと恋仲だったんだよね?

お慕いもうしております……。

みたいなことを、しおらしく言われた覚えが、一度もない………………。

ったく、ばっかじゃないの?
あたしはあんたが好きってだけなのよ!

大人しく慕われるより、こっちの方がゾクゾクするけど……。

経次郎

ツンデレ、
最強だよね。

ボクは彼女のことが好きだったけど、たまたま近くにいた、義経と同じ時代を生きた平家の人間を、義経と思い込んでいるだけなのかも……。

経次郎

あ、でも「平家の人間じゃない」って知ったとき、ものすごいショックを受けたの覚えてるか……。

それで鞍馬山に預けられたんだった。

経次郎

あのまま母上の元で育てられてたら、平家の人間として源氏と戦ってたかもしれない……。

経次郎

天狗さんから修行も受けずに都で暮らしてたら、瞬殺だったんだろうけど……。

経次郎

それに
兄上と戦うなんて……

考えたくもない。

天叢雲

おばばは……、
面白いおばばだった。

経次郎

…………。

たぶんだけど、ユーモアセンスみたいなのはあったと思う……。

天叢雲

よく笑い、よく怒って
平家の皆を大切に思っていた……。

経次郎

きっと、そういう人たち
だったんですね……。

天叢雲

うむ。

経次郎

叢雲さま、
嬉しそう……。

でも、大事なのは平家だけで、その他の人たちのことはどうでも良かったんだ……。

うっすらとだけど、覚えている。
ほんのひと時、ボクはそこにいたから……。

居心地は、悪くなかったんだ……。
清盛さまがいるときは……。

ほほほほ。

かっかっか。

牛若

そんなに笑わなくても……。

すまんすまん。

お前は将来
大物になるやもしれんのぉ。

……。

平家のために
働いてくれるかのぉ。

牛若

はい!

…………。

牛若

それまで和やかだったのに、清盛さま以外のところに不穏な空気が流れて「あれ?」と思った。



少しずつ少しずつ、何かが変わっていった。
幼い頃は蝶よ花よと育てられたが、成長するに従い、悪意をぶつけられるようになった。



理由は「平家の人間ではないから」だったのかもしれない。

経次郎

……。

彼らは、平家以外の人間を、本当に人間だと思っていなかった。

天叢雲

おぬしは、
平家が嫌いか?

経次郎

なぜそう思うのですか?

天叢雲

単純にそれが知りたいだけじゃ。

経次郎

好きでもキライでもありません。

天叢雲

どうでもいいか?

経次郎

ボクには彼らを嫌う、
資格がありません……。

天叢雲

好き嫌いに資格があるものか。

経次郎

……。

経次郎

じゃ、
キライです。

経次郎

あの人たち、
平家以外の人には
情け容赦がなかったので。

天叢雲

ふむ。

天叢雲

なら源氏が好きなのか?

経次郎

大嫌いです。

ボクが好きになる理由があるなら、それが知りたい。

天叢雲

源氏よりも平家が好きなのか?

経次郎

え?

天叢雲

平家がキライで
源氏は大嫌いなのじゃろ?

天叢雲

それならば
平家の方が好きなのだろう。

経次郎

そうだったのか?

天叢雲

ちと考えちょれ。

経次郎

あれ?

叢雲さま、
今日はよくおしゃべりになりますね。

天叢雲

なんじゃ?
わらわがしゃべったらいかんのか?

いえいえ
ご機嫌がよろしいようで何よりです。

天叢雲

ご機嫌よろしゅうない。

天叢雲

全っ然、全く
よろしゅうはない。

天叢雲

だいたいおぬし、
なんで今日は面なのだ?

初対面の相手には、
きちんと正装をしないと。

天叢雲

何が正装じゃ。取れ。
表情が見えんと気味が悪い。

……。

翔さんは面を外した。

面って蒸れるんっすよね~。

経次郎

軽っ

翔さんは、思っていた以上に若かった……。

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