――1年前


今日は入学式。

新しい学校に、新しい友達。新しい制服。新しい教科書。新しい序列。新しいこと尽くしだ。

あたしは今日から始まる学校生活に胸を膨らませつつ、いつもよりちょっとだけ早く待ち合わせの場所についた。

待ち合わせ場所の使われなくなった線路の近くの桜は葉桜に変わっていた。

数ヶ月前に咲き誇っていた桜は、すでに散っていて、感傷的な気分になる。

泰明

絢香!

待ち合わせ場所で時間を潰していると、男の子が走ってくる。

泰明だ。

泰明とは小学校から一緒で、いつも一位泰明、二位絢香という序列でやってきた。

信頼関係もバッチリの戦友だ。

高校合格の通知をもらった日、あたしたちは泰明からの告白で付き合い始めた。

死ぬほど嬉しかった。

ずっと片思いだと思ってたから嬉しかった。

絢香

おはよ!
泰明

振り返って返事したら、おうって、返してくれた。

なんだか照れくさい。

二人で道行く人を見ながら、今年も順位頑張ろうな、なんてたわいもない話をする。

春休み明けの4月の空気は、なんだか不思議で現実味がない。

そんな空気に、ぼんやりしていた。

泰明

そういえば、絢香は何時に来てたんだ?

突然の問いに、ガードレールにもたれるようにして空を見上げて考えた。

楽しみすぎて30分前からいたと正直に答えるべきか。

でもそれだと張り切りすぎというか、なんというか。

とりあえず、難しい顔をしてみた。

泰明

おい、まさか……
楽しみすぎて1時間前に来たんじゃないよな

からかう彼に慌てるあたし。

絢香

ち、違うよ!
1時間前じゃない!
30分前だもん

泰明

どっちにしても、楽しみすぎたんだな

爆笑された。

これ絶対馬鹿にしてるよー。

でも、馬鹿にしてもあたしは知っている。

泰明はあたしを溺愛していることを。

仕返ししてやろう。

ホンの少し悪戯心が疼いた。

絢香

でもー、泰明君はー、あれでしょ?

絢香

あたしが早めに来てると思って、15分も早く来てくれたんでしょ?

絢香

いつもはギリギリだもんね?

隣にいる泰明を見れば、してやったり。

バツが悪そうに視線をそらされる。

……ほんとに、優しいんだから。

からかっているとさっきから閉まっていた踏切が上がった。

千裕

おはよ!
二人ともはえーじゃん

踏切を超えながら声をかけてきたのは、中学最終序列第3位の千裕だ。

その後ろから眠そうに4位の匠、5位の拓也が続いていた。

匠と拓也は髪もボサボサで、これは絶対寝坊したに違いない。



それにしてもねむそうだった。

この人たちまさか入学式で寝ないよね?

ほのかな不安が、あたしの中で漂う。

絢香

ちょっとさー。
二人共寝すぎじゃない?

泰明

入学式もガイダンスもあるのにな

拓也

あー。
そのうち起きるから大丈夫だよ

あくびしながら言われても全然説得力ないよ。

まあ、ここで話していてもいいのだけど、あたしたちは入学式という使命がある。



学校へ行こう。

と誰かが切り出すまでもなく、歩き出す。

絢香

今年はさすがに順位落ちるよね

今日の一番の注目はそこだ。

どんな序列の子がいるんだろう。

先に調べてはいるが、実際に会うのは楽しみでもあり、恐怖でもある。

これから3年間仲良くやっていけるのか。

それは、どこの学校でも同じか。

誰だって新学期は緊張するのだ。

拓也

他校の生徒も入ってくるからね。
僕、高位以外って初体験かも

真新しいカバンを振り回しながら笑っている拓也。

あ、でも、絢香は今年大変だなー

振り返るとニヤニヤしてる友人たち。

なんて性格の悪い友達だ!

少しだけムッとした顔をすると、千裕が笑いながら話を進める。

千裕

今年、高位の女子もうひとりいるらしいじゃん

絢香

最終序列3位の子よね

泰明

最終序列だけ見れば絢香のが上だろ

絢香

そうなんだけど、それなりにやりあうのかー

拓也

もし負けたらどうなるのかな

召使のようにこき使われたりして

絢香

ちょっとー、あたし今までそんな扱い誰にもしてないでしょー

でも、ほかは違うかもしれないじゃん

絢香

そんな馬鹿な……

泰明

何かあったら言えよ?
1位に逆らえるやつなんていねぇんだから

千裕

うわっ
コイツ1位以外考えてねーよ

泰明

俺が誰かに負けることのほうがねーだろ

千裕

まあ、想像つかねーな

いつの間にか正門の近くまで歩いていたあたしたちは騒々しいままに門をくぐった。

今まで通り楽しい学園生活と、今まで通りの信頼関係が続くと思っていた。

pagetop