観咲 エリカ

ルック・ワールド・ノクトビション?
何それ、ほんとの名前かよ?

ルック・ワールド・ノクトビション

ほんとの名前っていうか……自分で付けた名前で……。

観咲 エリカ

自分でつけた、ねぇ?

エリカは怪訝な顔をしてが、すぐに真顔に戻って、掴んでいた襟首から手を放す。

途端、ノクトビションは再び逃げ出そうとするが、今度は手首を掴まれて繋ぎとめられる。

ルック・ワールド・ノクトビション

は、離してください!

観咲 エリカ

まぁ、とりあえず落ち着けよ。
お前はなんつーか、ほっとけねぇ。

すると、エリカはその手を引いて浜辺をずんずんと歩き出す。

ルック・ワールド・ノクトビション

ど、どこに行くつもりですか!?

観咲 エリカ

どこって、そりゃああたいの家に決まってんだろうが。

ルック・ワールド・ノクトビション

い、嫌ですよ!は、離してください!

観咲 エリカ

あーーー!!もううるっさいなぁ!
あんた男だろ!ぎゃあぎゃあ騒がずに黙ってついてこい!じゃねーとぶん殴るぞ!

ルック・ワールド・ノクトビション

ひぃ!

ノクトビションは悲鳴を必死に押し殺して、そして息も押し殺して、エリカに手を引かれて歩き始めた。

数分歩いてエリカが立ち止まったのはおんぼろのアパートだった。

エリカはさっさとその塗装のはがれた階段を上ると、201号室の鍵を開け、入る。

一方のノクトビションはドアの前で未だに入るのを渋っている。

観咲 エリカ

だぁ!もう!ここに来てうだうだするんじゃないよ!さっさと入って!鍵掛けて!

ルック・ワールド・ノクトビション

う、うう。

結局対抗するという選択肢を持たなかったノクトビションは言われるがまま部屋に入り、内側から鍵を掛けた。

部屋の中は外装ほど古びてはいなかったが、家具も最低限のものしか置いておらず、さっぱりしすぎていて逆に落ち着かないレベルだった。

エリカは制服の上着をハンガーにかけ、クローゼットにしまうと、固そうな木椅子に座ると、腕を組んで、所在なさそうにしているノクトビションをじっと見つめた。

観咲 エリカ

なんか飲むか?

ルック・ワールド・ノクトビション

へ?

観咲 エリカ

へ?じゃねぇよ。
なんか飲むかって聞いたんだ。

ルック・ワールド・ノクトビション

あ、ああ。じゃあ……飲む。

観咲 エリカ

よし。最初からそうやって素直になっときゃ、あたいだってなんもしねぇよ。

そう言ってエリカは台所の奥に入っていった。

ルック・ワールド・ノクトビション

案外、悪い人間ではないのかもしれない。

観咲エリカ、という名前の響きを舌の上で転がしてみる。

と、そのとき、急に頭痛が襲ってくる。

頭の中で巻き起こるフラッシュバック。

それは、あの牢獄のような研究所から逃げ出した時の記憶だった。

自らの血液操作の能力に気付き、血液で作った刀であの鉄格子を切り裂き、逃げ出した。

監視を潜り抜けるために送風用のダフトを通って地上階へと昇る。

どの部屋にも研究者がおり、なかなか脱出路が見つからなかったが、ただ所長室だけ無人になっていた。

そして、ダフトから降りてその部屋に侵入したときに、PCの画面が目に入った。

そこに書かれていたのは七人の氏名のリストと、《自由七科》という単語だった。

そして、そのリストの中にその名前はあった。

「観咲エリカ」と。

観咲 エリカ

お、おい……。大丈夫か?

エリカの声で意識が引っ張り戻される。

その手には麦茶の入ったグラスがあった。

ルック・ワールド・ノクトビション

――大丈夫だ。

ノクトビションはそう言って、グラスを受け取り、麦茶を飲む。

疲れ切った身体に冷たいそれはやけにしみた。

観咲 エリカ

しかし、今日も暑いな……。

エリカはパタパタと手で顔を煽ぎ、ネクタイを外す。

そして、その途端甘い香りがした。

それは、単に香水とか衣服の香りとかではなく、もっと生物的でいて、そして暴力的な甘美さをもった香りだった。

一瞬、ノクトビションは我を忘れ、そして気付いた時には、エリカの首元に顔を近づけていた。

その尖った牙を突き立てようと。

これが、ノクトビションが初めて感じた、

“吸血衝動”だった。

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