ノクトビションは目を覚ます。
そこは牢獄だった。
すなわちコードαとして覚醒した彼が最初に見た景色だった。
んん……。
ノクトビションは目を覚ます。
そこは牢獄だった。
すなわちコードαとして覚醒した彼が最初に見た景色だった。
また……ここか。
上半身を起こすと手足に繋がれた鎖がじゃらじゃらと音を立てた。
その鎖を恨めしげに眺めていると、ギギギという音ともに鉄格子の向こうの扉が開いた。
……。
入ってきたのは、絢鞠 国士であった。いつも通り、防寒着を着込んでいる。
よぉ。ご無沙汰だな。
ノクトビションは嫌味を込めて言ってみるが、対する絢鞠は何も言い返すこともしないばかりか、顔色一つ変えない。
あんた、あの科学者どもに雇われた傭兵……なんだよな?なんであんな奴らに従ってられんだ?
仕事……。
仕事ならどんな奴らだろうと従うってわけか。はっ。プライドもへったくれもねぇな。
挑発……無意味……無駄。
まぁそりゃあそうだな。お前みたいに心もねぇようなやつにそんなことが無駄なのは僕だって分かる。
しかしよぉ。僕にこの程度の拘束じゃあ意味ないとは思わないのか?
実際、一回は逃走しているんだからな。
そう言って手枷を見せびらかすような仕草をしてみせるノクトビションに、絢鞠は何も言わずに一枚の写真を見せた。それはあの光の盾を放つ無防備な少女の写真であった。
そいつが……どうした?
人質……逃走……即処刑。
人質……ね。
構わねーぜ。あいつは僕を仲間だとは思ってないようだしな。僕もあいつのためにここに留まってやるような理由はない。
……理解。……拘束……強化。
そういうと絢鞠はおもむろに白い拳銃のようなものを懐から取り出すと、避ける暇もなくノクトビションの身体に打ち込んだ。
うっ!
枷をはめられ、かつこれだけ狭い牢屋の中ではノクトビションにもその弾丸は避けられなかった。
否、それは弾丸ではなく、麻酔針であった。
はっ。まったくよぉ。とんでもない野郎だな。
じゃらじゃらと鎖がこすれる音と、身体が床を打つ音を聞きながら、絢鞠がここに来たのはノクトビションが目を覚まし次第こうやって麻酔針を打ち込むためだったのかもしれない、と気づく。
そして、ノクトビションはあの少女のことを思う。
結局あいつの名前を聞くことはなかったな、と。
まぁそんなことはどうでもいいか。
あいつは僕のことを化物だと思っているのだろうし。
そしてノクトビションの覚醒したばかりの意識はすぐに沈殿していった。
ルック・ワールド・ノクトビションは化物である。
そんなことは彼自身が一番よく分かっている。
波の音。
それが牢屋から逃走したルック・ワールド・ノクトビションが最初に聞いた自然の音だった。
そして、その次に聞いたのは荒々しい、とても上品とは言えない女の声だった。
おい!お前こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ?
うわ!あんた誰だよ!?
ノクトビションは彼の身体を揺するその乱暴そうな少女に驚いて砂浜の上で後ずさる。
あたいか?あたいはエリカ。観咲(かんざき)エリカだ。
か……観咲……エリカ……。
で?あんたは?
え?
あんたの名前はなんだって聞いてんだい!
ひぃぃぃぃっ!!
ノクトビションは今では考えられないような弱々しい声を発しながらエリカに背を向けて走り出す。
あ!こら!逃げんじゃないわよ!
エリカはすぐさまノクトビションを追いかけると彼の襟首をむんずと掴んで捕まえる。
なーに急に逃げ出してんのよ。他人に名前を聞いたんだんだから、てめぇも名乗んのが筋ってもんだろう?
え……えっと……。
慌てて自分の懐からボロボロの本を取り出す。
そして折り目で印をつけてあるページを三回開くと、恐る恐るエリカの顔を見てこう言った。
ル……ルック・ワールド・ノクトビション……。