【16】
とっさの時って
意味不明なことをするものだ。
ボクは大声で歌った。
もしかしたら落ちる恐怖から
逃れたかったのかもしれない。
う……
気がついたみたいだ
誰?
でも、すごい来店の仕方だったよな
男の人の声?
頭とか打ってなきゃいいけど
……もとから少しおかしいかもよ?
普通、穴に落ちながら歌う奴なんていないでしょ
目が覚めると部屋にいた。
青い照明とふかふかのソファ。
鏡みたいにピカピカで
顔が映りそうな床。
どれもボクの町では見たことがない。
なんて言うか
とてもお金を使いそう。
ここならツバメの巣料理だって
出てくるかもしれない。
そして
ボクを覗き込むように
取り囲んでいる男の人、3人。
どう? どこか痛くしてない?
ホント、びっくりしたよねぇ。
いきなり降ってくるんだもん
でもこいつ、金持ってなさそう
こいつ、なんて言わない。
お・客・様、でしょ
金のねぇ奴は客じゃない、って言ってたのは誰だっけ?
キワモノ、と言っては失礼だが
衣装も口調も
「普通」とはかなり違う。
わかってないなぁ。
こんな子供がウチみたいな店に通ってたら、そっちのほうが怖いでしょ?
今のうちに「優しいお兄さんがいる店」って刷り込んでおけば、10年後にはお得意さんになって帰ってくるものよ
鮭みたいに?
……
彼らがなにを話しているのか
ボクにはよくわからないけれど
今のボクは
このお店に来ちゃいけないんだ
ってことだけはなんとなくわかった。
きっと2丁目の角にある
「綺麗なお姉さんがいるんだけど
夜にしか開かない店」
の、男の人バージョンだ。
すみません、お邪魔しました
この店のターゲットとする客層からは
完全に外れているのだろう。
それは
あまり歓迎されてなさそうな
口ぶりからもうかがえる。
お菓子と縁がなければ
ボクのほうにも用はない。
払えるような金もない。
だったら長居は無用だ。
あ、もう行っちゃう?
これからお昼食べるところだから一緒にどう?
い、いえ
知ってる。
こういうお店って
お値段が桁外れなんだって。
「0」が3つくらい
余計についてるって。
なにか食べたり飲んだりしたら
それだけで
偉いおじさんの顔がついたお金が
はらはらと飛んでいくんだって。
まぁそう言わずに。ピーマンケーキなんて食べたことないでしょ?
ピーマンケーキ!?
あの「お子様の嫌いな野菜No.1」の
ピーマンでケーキ!?
これはちょっと価値があるかも、
……って、ピーマンそのもの?
でも持って帰るつもりなら
味見は重要。
ボクは
と、ケーキを頬張った。
口に入れた瞬間のピーマンの苦み、しかし噛むほどにじんわりと甘みに代わって行き、
苦みと甘さが完璧なハーモニーを奏で始める!
グルメ評論家になれるわね~
美味しいです!
で、おなかも満たされたところで相談なんだけど
?
お代ですか? やっぱり。
ぼったくられるんですか?
金がないなら身体で払え、って
1年くらい厨房で皿洗いですか?
ここで歌ってみる気はない?
歌!?
穴に落ちながら歌える度胸もあるけど、その声は十分商品価値があるし、
お店の売りにもなると思う
スタァは2人もいらないけど、歌えるのがあたしひとりじゃなにかあった時に困るでしょ~?
……スタァ?
オーナー。殺っていい?
ノーコメントで
……
ボクが歌!?
ここで!?
でも嘘を言っている様子はない。
悪い人たちじゃなさそうだし、
……断ったらピーマンケーキ代
ぼったくられそうだし。
あ、あの歌うのはいいんですけど、ボク、お菓子探しの旅の途中で
ハロウィンまでに町に戻らなくちゃいけなくて
うちのケーキ持っていけばいいじゃない
無休で働けなんて言わないって。
その日は町に戻ればいい
その代わり、帰って来ないと……オカマがお前の町を襲うけどな
ははは
……シャレにならねぇ。
ではここで新しく入った歌姫の登場です!
頑張ってね
は、はい!
馬子にも衣装♪
そういうこと言うからもてないのよ、あんたは
♪~
ホント、人生ってわからない。