痛み、苦しみ、薄れゆく意識。
俺はこれを、何度味わったのだろうか。
……
痛み、苦しみ、薄れゆく意識。
俺はこれを、何度味わったのだろうか。
これで……さよなら、なのね。
ええ、そうよ。お腹に石もつめたから、絶対に浮かび上がってはこないだろうねぇ。
……猟師さんも、ありがとうございます。
いいえ、おばあさま。女性を助けるのは当然ですから。
君も、あまり引きずってはいけないよ。
うん……。
これにて「赤ずきん」の物語は閉幕。
俺は死んで、次の俺になる。
……赤ずきんとおばあさんは猟師に助けられ、悪い狼を殺しましたとさ。めでたしめでたし。
今回の「舞台」も上手くやった。
血の味も、肉を削ぐ感覚も嫌いだが、この終幕での達成感のためならやってやる。
あー、そろそろ限界かー。
――声が、遠のく。
意識が、落ちてゆく。
閉塞感と息苦しさを感じつつ、俺は――狼は、瞳を閉じた。
はぁ……気持ち悪い。
いまだに慣れない「体が直された感覚」と倦怠感。池の底から転送された小屋で大の字になりながらそれが過ぎ去るのを待つ。
しっかし、あいつもあいつだよなー。いきなり「七匹の子山羊」の方を選んで俺に「赤ずきん」を押し付けてくるとか。俺、人間を丸呑みする感覚嫌いだっていうのに。
物語で連用されるために何度も直され、ある意味「死ねない」体である狼。
そんな役である彼は、もう一人の狼である相棒の帰りを待っていた。
しっかし遅いなー。……俺、飯作れないのに。
……。
よっし、少し死に様でも見てやるか!
考えたならすぐ行動とばかりに起き上がる。後に笑いの種にでもしてやろうかと、ヴォルヴァインは山羊達の家へ向かった。
山羊の家にたどり着いたヴォルヴァインは、妙に静かなだと感じ、山羊の家に入る。――否、入ってしまった。
な、なんだよ……これ。
よぉ、来たのか。どおしたんだぁ?
もう一人の狼でもあるヴォルツヴァイは、山羊の家の中にいた。
あたりに転がるのは子山羊達だったもの。動かぬ肉の塊と化した子山羊達。八つ裂きにされたそれらは、全部で六つあった。
ツヴァイッ! これはどういうことだ! 子山羊は丸呑みでないといけないはずだ! でないと……
シナリオどおりではなくなり、子山羊達が脱出できない、だろ? それくらい知ってるぜ。
ならば……何故っ!?
……なんで、だろうな。なんで俺は――俺達は、こんなことをしているんだろうな。
そもそも、なんで俺達は死ななくちゃいけないんだ? なんで俺がやらないといけないんだ? どうして俺は死ななくちゃいけなくて、あいつらは生きていられるんだ?
そっ……それは、創造者が決めたからだろう。あの人がいなければ、俺らも存在しない。
ああ、そうだ。あいつがいるから俺は死ぬ。俺は存在してしまっている。
……存在してしまっている? あの人のおかげで存在できているのだろう?
いいや、違うっ! あいつがいるから俺は死ねないんだ! 何度も何度も死んでいるのに、苦しいのに、終わらせたいのに、俺達には終止符を打つことすら許されねぇんだよ!
俺はもう嫌なんだ! 痛みも、苦しみも、生も、死も!
だから……
――だから、舞台を目茶苦茶にしてやった!
はははははっ! これで俺は証明できた、役なんで降りれるんだって! 劇をしなくてもいいんだって!
お前には悪いが、俺はここで降りさせてもらう。この世界をハチャメチャにして、俺の存在を、心を消滅してもらうんだ。
――そう、言っているヴォルツヴァイは狂っていて、変で、異端で、全く理解をすることができなかった。ただ仕事が増えることだけが、わかっていた。
じゃあな、相棒――真面目なお人形ちゃんよ。いい子なお前には、俺の気持ちがわからないだろうな。
そう言い、彼は去っていった。帰宅した母山羊の悲鳴が、まるで止まっていた時を動かすかのように、辺りに響いていた。
ふふっ、楽しくなってきたなー。やっぱり同じことの繰り返しはつまらないよねっ!
あっ! そうだ。せっかくだし「七匹の子山羊」の子達戻して、末っ子の記憶保ったらどうなるかな? うん、おもしろそう!
白紙の本に映る光景を見ながら、少年はロッキングチェアを揺らし微笑む。
ああ、どんな舞台になるのだろう!
かくて舞台は幕開けとなる――