そこは、ある日の酒場。両親に店番を任された少年、パウルは、退屈な時を過ごしていた。……ある男が入ってくるまでは。

???

おぉ、賑わっているようじゃのぉ。

辺りをうかがうように入ってきたのは、顔を隠すように深くローブを被った者。声からして男だとわかる。

パウル

……妙な男だ。

 どこかぎこちない動き、飄々とした喋り。ローブで服装はうかがえないが、腰には実践用らしき剣がある。

パウル

すいません、お客さん。一度フードを取ってもらっても?

「最近物騒なもんでね」と言い加え、男のほうを見る。
 男は特にためらいも見せず、ローブを脱いだ。
 そこまでしなくても……と言いかけ、口をつぐむ。それは、男の容姿に原因はあった。

オルドヌング

あー、すまなかったのぉ……。なにぶん、この体の傷は治せぬ上目立つからのぉ……ん? なんじゃ小童。じろじろと見て。

パウル

あっ! いえ、何でもありません!

 男の体には、いたるところに生傷が見えた。本人は気にしていないようだが……。
 ――いや、彼にとっては当たり前なのかもしれない。これくらいで驚いては両親に怒られてしまう。
 そう考え、普段と変わらぬことを意識してパウルは『客』の方を向いた。

オルドヌング

まあ、これぐらい慣れっこじゃ。さて、久しぶりに飲むとするかのぉ……酒を、これで。

パウル

……?

オルドヌング

ん? たしか大衆酒場の酒はこれくらいで少々上物にしたはずじゃが?

パウル

おっさん。

オルドヌング

おっさんじゃない、オルドヌングじゃ。

パウル

……オルドヌングさん。これ……いつの時代の金?

オルドヌング

えーっと……五百年ぐらい前だったかのぉ?

パウル

はぁっ!? そんなの使える使えない以前に、こんな酒場で使うなよ! 資料館に持っていったほうが高く引き取ってくれるだろ! そもそもなんでもっているんだよ。

オルドヌング

えー、でもこれしか持っておらぬしー。一杯でいいんじゃぞ? わしは困らないし!

パウル

俺が困るわっ!

オルドヌング

あっはっは、こまったわっぱじゃのぉ。

驚くことしかできないパウル、それを無表情ながらに楽しむオルドヌング。何事かと客は集まり、どんどんどんどん混乱の渦が広がる。

オルドヌング

あー、もー、面倒くさいのぉ。つまり、今の金を手に入れればいいんじゃろ? よぉし、ならば吟遊詩人のように稼いでみせよう。

 そう言うと、椅子を引っ張ってどかりと座り、子供に聞かせる夜語のように語り始めた……。

――さあ、劇の幕をあげようか

プロローグ「ある酒場にて」

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