あ…

気のせい? 

一瞬だけ、水面が一際黄金色に輝いたように見えた。

私は再度そこに光を走らせる。

光、黒い影の上、何かが反射した。

やっぱり、気のせいじゃない。

心当たりがあった。黄金色に輝くもの。

姉が身に着ける物。

――それ、いらないのか?

うん、もう流行が終わっちゃったから。つけていくと恥ずかしいんだ

ふうん、そんなものか。
私は自分が好きならそれでいいと思うけどな。
……いらないなら、もらってもいいか? 
『そばにイルカ』シリーズは好きなんだ。
今でもネット上ではコアな人気があるしな

良いよ。未来姉さんにあげる

ありがたい。いただこう

私があげた『そばにイルカ』の髪飾りだ。

なぜか、確信が持てた。姉は、あそこに居る。

私は急いで橋から土手へ、転がるように河原へと駆け下りた。

舗装された道路には雪が無かったが、斜面には雪が積もっている。
足は滑るが関係ない。


髪飾りのあった場所、姉は川の中に居た。
この寒い冬空の下、極寒の水の中に居たんだ。


急がないと、手遅れになる。

未来姉さん!

川に向かって大声で叫ぶ。

聞こえてなくたって良かった。


とにかく、私がここに居ることを伝えたかった。


勝手に一人で死のうとするな、と伝えたかった。


私が見ている。
あなたはここに居る。


あなたは、一人じゃない。

……愛するココロ……

その時、川の流れる音の中、弱弱しく震える声が聞こえた。


気のせいじゃない。
生きている。


姉は、生きている。


あふれ出る思いに押され、私は足を一歩、川の中へ踏み入れた。

冷たい

頭の中がそれ一色になった。


それ以外何も考えられない、暴力的な感覚。


こんな中に一秒だっていたくなかったし、いられなかった。


逡巡する。


この中に全身浸かっている姉のことが信じられなかった。

来るな

弱々しい声とは裏腹に、はっきりとした意思のこもる言葉が私の二の足を止めた。

どうして

どうして? 
そんなの決まってるだろ、愛するココロ。
お前はこっちに来れないし、来てはいけない。
愛するココロは目の前のことから逃げないし、逃げてはいけないんだから

来れないし、来てはいけない。

逃げないし、逃げてはいけない。



それはきっと姉の生き方の裏返しなのだろう。

『私は逃げてしまった。超えてはいけない一線を越えてしまったから』と。

だけど、姉は私のことを誤解している。


私が今まで一回も逃げていなかったとでも思っているのだろうか。


そんなこと、あるわけないのに。


むしろ、逃げなかったことのほうがずっと少ないのに。

……未来姉さん

なあ

呼びかける私に、姉は問いを投げる。

どうして来た? ココロ

その言葉の裏に、何の感情が隠れているのか。

私には、やっぱり分からない。

『どうせお前にはなにもできないくせに』?

『そんなことをする理由もないくせに』?


それとも、


『どうせお前も私のことが嫌いなくせに』?

……未来姉さんを連れ戻すために

私は取り繕うことをやめた。


わからないならば、わからないなりに、真摯に向き合うことにした。


これは、今の私の本当の気持ちだ。


姉の気持ちなんか知らない。


世間体なんてもっと知らない。


醜くてもいい。あやふやでもいい。


私のまとまらない思いを届けなければならない。


そう思うから。

連れ戻す? どうして?

どうして? そんなこと、知るものか。

連れ戻すのに理由はいらない、よね

未来姉さんが、好きだからだよ

私は足を迷っていた足をゆっくりと踏み出した。


迷っていた自分が馬鹿みたい。


もう、迷いはない。

来るなって、言ってる

と、再度姉の声が聞こえた。


知るものか。


歯を食いしばる。


踏み出すごとに深くなる水深に、身体が拒絶反応を示す。


これ以上進みたくないと全身が言っている。


だが、そんなことはもうどうでも良かった。

教えて、未来姉さん

心の底から、知りたい。

なぜ、今なの?
こんなことをする機会はいくらだってあったはずなのに、どうして今日なの?

姉はなぜ、死のうと思ったのか。

……

姉はしばらく沈黙してから、その理由を語った。

……たった一人の妹にも、私の存在を捨てられたからだよ

…え?

発せられたその答えに、私は心当たりが無かった。

今の物語 ~闇の中の光~

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