《柱の側壁2》
渋山駅ー喉黒駅
よーし、じゃあやろう!
対象はこの車両の中吊り広告ね。
大っきい見出しはアウトだかんね!
おっけー!
じゃあ、スタート!
私が合図をすると、
大毅は車両の後ろの方に
向かっていく。
しめしめ、行った行った。
あたしの勘が先頭の方を探せ、って
言うから助かったわ!
さて、と……。
見出し見出し……。
私は運転席付近を見渡し
見出しを流し読んでいく。
こんな時、ゼミで培った速読術は
とっても便利ね。
!!
中吊り広告を見回す最中、
突如視界の端に入った小さな飛行物体。
私はハッとしてその方を振り向く。
……けど……。
いない……。
視線の先には虚空が存在するだけ。
まさか……ね……。
ただの見間違いに違いない、
そう思った時だった。
え……
にわかに周囲の空気が
ピンと張り詰めたかと思うと
ラジオのノイズのような耳鳴りが
ざわざわと私を襲い始めた。
こ、この感じ……。
耳鳴りのようだった音は
次第に笑い声の様相を呈して行く。
……やだ……。
最近聞こえなくなってたのに……。
どうして……。
幼いころより苛まされていた
他人には聞こえない囁き声。
大毅と出会った頃から
パッタリと止んでいた現象。
もしあの頃と同じ状態に戻るなら、
この後は……
だいきぃ……
抱え続けたトラウマから
逃げ出したい私は
藁にもすがる思いで
大毅の方を振り向く。
しかし……
はっ!
私と大毅の間には
数多の異形の者……
妖精……と形容すればいいのかな……。
数多の妖精は、その小さな体で
所狭しと飛び交っていた。
い……いや……。
もう、私に関わらないで……。
激しいめまい。
迫り来る過去の恐怖。
身がすくんで声も出ない。
狭窄する視野。
世界は次第に闇を帯びてゆく。
そして、視界が完全に真っ暗になった。
きっとこのまま気絶しちゃうんだろうな……。
大毅、心配してくれるかな……。
やっと……乗ったね……。
……え?
……この日を待ってたよ……。
それは、生まれて初めての事だった。
どういう事……?
これまで、この妖精達は
笑いはすれども
語りかける事はなかった。
意思の疎通ができるなんて
思ったこともなかった。
……怖がらないで……。
……ワタシたちは味方よ……。
……アナタが行くべき場所に
……導いてあげる……。
本当に……味方なの……?
信じていいの?
さぁ、畏れず目を開けて……。
妖精たちに促され、
無意識のうちに閉じた瞼に
力を入れる。
目を開けるとそこは
暗転する前と変わらぬ車内。
唯一、違うのは
先程までいた数多の妖精たちが
目前から消えていた事。
いない……。
こっちよ、こっち
こっちよ、こっち
こっちよ、こっち
こっちよ、こっち
こっちよ、こっち
私の後ろから聞こえる無数の囁き。
サッ!
呼ばれて振り向くと、
そこには、一つの広告に群がる妖精たち。
一体何があるんだろう?
これがアナタの運命よ。
そう一匹の妖精が囁いたかと思うと、
妖精の群がりは風の如く散開する。
その後には隠されていた中吊り広告。
私はその文面に目を通す。
え?
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すれ違う二人は
手を取りて王たる番となり
そして楽園を築く。
これは……どういう事かしら……。
今日、貴方は結ばれる運命なの。
ただ、運命に身を任せるだけ。
それだけでいいわ。
結ばれるって……?
誰と?
妖精たちは私の問いに答えること無く
笑い声だけを残して
その場から姿を消した。
私は中吊り広告を見上げながら
その意味を探る。
すれ違う二人……。
もしかして、大毅……?
それは、
大毅と出会ってから
ずっと秘めてきた想い。
決して、告げることはないと
思っていた想い。
妖精たちの言葉に
身を任せてしまっていいのかな?
葛藤する私は、
しばらくの間中吊り広告を
ただ眺める事しかできなかった。
降車拒否
〜Another Side〜