………う、うぅ~ん

水島 愛理

……あれ?

ここはどこだろう。
どうしてここにいるんだろう。




気づいたらドアの前に立っていた。
全く見覚えがない。

記憶が迷子になってしまったようだ。

水島 愛理

ここ、どこなの……

別にここで固まっている必要もないとは思ったが、逆に言えば無理に移動する必要もない。

それに、明らかに知らない場所にいるんだ。

下手に動いて帰れなくなったら笑えない。



だったら、とりあえずここで立ってる方が生産的だと思った。

……いや、生産的なのか?
生産?

水島 愛理

あっ!

笛吹 康大

ふぅ……

水島 愛理

今の人は……?

誰だろう?どう見ても知らない人だ。

私は、住んでいるところから出たことがない。
寧ろ、友達の家に行ったことも数えるほどしかない。


……うん。
やっぱり誰か分からない。

とにかく、私はさっきの男の人についていくことにした。

うすい、おはようっす!

笛吹 康大

おう

水島 愛理

高校生なの?

驚いた。
大学生とか、フリーターとかだと思っていたのに。


クラスメイトらしき人達と挨拶しながら昇降口に入っていく彼を、私はあわてて追いかけた。

水島 愛理

学校なんて、懐かしいな……

結城 隼人

やっほ、うすい

笛吹 康大

うっす

結城 隼人

あっ、今日はひげ剃ってきたんだ

笛吹 康大

さすがにみっともないしなぁ

結城 隼人

ただでさえ高校生に見えないもんなぁ

笛吹 康大

ほっとけ

水島 愛理

うすい………君

盗み聞きしたおかげで、ようやく彼の名前が分かった。

といっても、やっぱり名前に聞き覚えはないが。

お母さんの知り合いにそういう名前の人がいただろうか。

そういえば、どさくさに紛れて彼の後に入ってきたけど、良かったのだろうか。



そう思ってキョロキョロと周りを見ても、みんな私に気づいた様子はない。

存在しているのに認識されていない
そんな感覚だ。


怒られないのは嬉しいけど、やっぱりそれはそれで寂しいものがある。

水島 愛理

あっ、あのっ

笛吹 康大

………………

水島 愛理

私、水島愛理って言います。ここがどこか、教えてもらえませんか?

笛吹 康大

…………

聞こえていないようだ。

どうやら、本当に私の存在は認識されていないらしい。


一体どういうことなのだろう。

笹宮 尚哉

んじゃ、昨日の続きからやっていくぞ。教科書の27ページ、精神の自由からだ。結城、読め

結城 隼人

わが国では、第二次世界大戦前に、治安維持法や治安警察法といった治安立法が制定され――――

授業が始まった。
どうやら、政治経済のようだ。

政治経済なんて勉強したこともないから、私はみんなの後ろでふむふむと頷きながら聞いていた。
黒板の前に立つ先生にも、やはり私の姿は見えていないらしい。



寂しいなとは思いながらも、ふと、うすいくんの方を見る。

どこか上の空という感じでぼんやりと空を眺めている。


気になって外を見下ろしてみると、他のクラスの人がグラウンドを走り回っている。

ボールに向かって一生懸命突っ込んでいくのが見ていて飽きない。


もしかして、彼もそんなことを考えているのだろうか。

結城 隼人

――――されるなど、人間のもっとも内面的な自由さえも軽視された

笹宮 尚哉

よし、サンキュー。んじゃ、続きを笛吹に読んでもらおうか

笛吹 康大

……………

笹宮 尚哉

おい笛吹。聞いてるのか?

結城 隼人

おい笛吹、あてられてんぞ

笛吹 康大

……………

彼はよほどボーッとしているのだろうか。
友達や先生の言葉も耳には届いていないらしい。


あまり学校に行ったことのない私だけど、これはまずいんじゃないかと思えてきた。

水島 愛理

あの、指名されてますよ

笛吹 康大

…………

水島 愛理

良いんですか?先生たち待ってますよ?

反応はない。

というか、私が言っても反応するわけないか……。



すると、先生が教壇から降りてきた。
そして、ゆっくり腕を振り上げて――――

笛吹 康大

いたっ!?

笹宮 尚哉

な~に黄昏てんだ、てめぇは

笛吹 康大

へっ!?

笹宮 尚哉

指名したの、聞いてなかったのか?

結城 隼人

俺は、ちゃんと教えたぜ?

笛吹 康大

へっ?待ってどこから?

笹宮 尚哉

結城、絶対教えるなよ

結城 隼人

はぁーいっ

笛吹 康大

ちょっとぉ!?

水島 愛理

………もう

結局怒られてるじゃん。


誰にも認識されてないことをいいことに、私は彼の傍で大きくため息をついた。

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