では、僕に掴まりたまえ

 両手を広げて歓迎する、ノワール・マオ。
 怪しい水先案内人、ノワール・マオ。

 これまでのことを振り返ってみれば、彼についてあたしが抱く感情は冷たいものばかりだった。それでもある程度、信頼に似た情を寄せていたことは隠したところで意味がない。
だって、あたしは信じるしかなかったのだ、彼を。
彼しか頼れる者がいないから。

 けれど、それももう終わり。
 顔だけ紳士のノワール・マオ。ついに、ただの変質者に落ちたようだ。

なんだい、その目は? まるで、異常者を見るような目だな

異常者ってゆーか、ヘンタイ?

待て。さがるな。僕から離れるんじゃない!

そりゃ離れるわよ! やめてよ、近づいてこないで! 今更だけど、セクハラで訴えるからね! 慰謝料ふんだくってやる!

金にがめつい女だな。だから男に逃げられ……ええい、待てと言っているだろう!


 砂の上を転びそうになりながら走った。ノワール・マオから少しでも遠くへ行こうと思って。だけど、すぐに足がもつれて転んだ。灼熱の太陽に照りつけられた砂は、びっくりするくらい――――冷たかった。

うあぁ……気持ちいい……

 なんてでたらめな世界なのだろう。今更、そんな思いが過ぎるけど、なんかもうどうでもよくなってしまった。
 あたしは砂の上に寝転がって火照った体を冷ますことに夢中になった。そこへ、追いついてきたノワール・マオが呆れた様子で言う。

逃げたりこけたり、忙しいやつだな……


 ノワール・マオは砂に埋まろうとするあたしを拾い上げ、いわゆるお姫様抱っこをしたまま、ふわりと宙に浮いた。

ちょ……

安心したまえ。取って食おうというわけではない。お前など食ったところで、腹を下すのがオチに決まっているからな

取れたてピチピチの女子高生を捕まえて言うことがそれ?


 ノワール・マオは話なんて聞きやしない。帽子の下でくすりと笑って腕の中のあたしを見下ろした。

出口に連れて行って欲しいんだろう?


 あたしはいつも疑う。彼の言葉は正しいが、真実ではない。

それは、本当に出口かしら?

ああ、そうだとも

胡散臭い

ならば、ここで干涸びて死ぬか?

それはイヤ

わがままだな。だが


 ノワール・マオはマントを翻した。

お前はそれでいい


 赤い大地に漆黒が舞う。

お前が望むなら、出口でも何処へでも連れていってやろう


 得意げに笑う変質者にあたしは。

……胡散臭


 そう吐いて彼にしがみついた。

ノワール・マオは胡散臭い

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