ねえ…

 お屋敷の中にはロマンチックな調度品が揃えられ、目も眩むようなシャンデリアの光に恍惚とし、あたしのためだけに並べられた豪華な食卓が広がっている――――

 ……なんて素敵な妄想をしていたのに。

ねえって…

 輝くのは灼熱の太陽。容赦なく照りつける日差しが水分という水分を奪い、あたしの体はもう一滴だって汗も出ないくらいカラカラに渇いていた。

 見渡す限り何処までも赤い砂の山。

 あたしに用意されていたのは豪華な食卓でも、労をねぎらうふかふかのベッドでもなく、常永久に続くかのような砂漠地獄だった。

 あたしが脱水症状を引き起こしかけているというのに、隣に居るノワール・マオは日傘を片手に涼しそうな顔をしている。コートに帽子は彼のトレードマークらしく、このクソ暑い中でも身につけていた。
 あたしは苛立たしげに叫ぶ。

ねえってば!!

うるさいな…

 ノワール・マオは耳に蓋をしてあたしを睨んだ。すると、たちまち日傘がピコピコハンマーになり、あたしの頭を無遠慮に叩く。

 なんでピコピコハンマーなのに、叩くとお馬さんなのよ。ああ、もうこいつのなすこと全てが腹立たしい!

なんだい、猪娘。その質問は僕の退屈すぎてムナシイ心の大穴を埋めるほど価値のある質問かい?

その前に叩くのやめなさい

 お馬さんハンマーは彼が空に放り投げるとリンゴになって彼の手におさまった。ノワール・マオはそれを一齧り。苦い顔をしてペッとリンゴを吐き捨てた。

それで一体、私に何を聞きたいんだい? 一人じゃ簡単な悩みすら解決できない哀れな猪娘よ

質問ばっかりって決めつけないでくれる?

では、何と宣うのかな?

 チワワのような愛らしさで言ってごらん。

 変質者はかく宣う。
 大嫌いな、あのむかつく笑顔を浮かべて、さあ、と。

……

 ふざけるな、と言いたかった。けれど、脳みそまで煮え滾りそうな暑さに意識は朦朧とし、やわらかい砂に何度も足を飲まれ歩くうちに疲労はピークに達していた。
 つまり、このときのあたしはひどく疲れていたのだ。

 だから、
これはあたしじゃない。

……ねえ、お願い、が、あるんだけど

なんなりと


 ノワール・マオの嘲笑がいまだに頭から離れない。
 あたしは彼の言うとおり、たぶん自分が思う最高の可憐さを詰め込んでほざいたのだ。

あたしを、出口に、連れてって……?


 あの顔は絶対に忘れない。
 ……いや、忘れたい。

ノワール・マオは腹立たしい

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