暗雲が立ち込める日の話である。一人の小学生位の少女はそう呟いた。
彼女の視線の先には立ち入り禁止になっている施設。
確かに彼女は今朝そこの施設で寝起きして小学校へと行った筈だった。
嘘・・・施設が・・・・・・
暗雲が立ち込める日の話である。一人の小学生位の少女はそう呟いた。
彼女の視線の先には立ち入り禁止になっている施設。
確かに彼女は今朝そこの施設で寝起きして小学校へと行った筈だった。
・・・何で?
呆然と立ち尽くす。
そんな彼女に答える声があった。
施設の経営者が今日の昼頃急病で亡くなったみたいだよ。
元々赤字経営だったらしくて後を引き取りたがる人は居なかったみたいだね
驚いて振り返れば眼鏡を掛けた優しそうな男性が立っていた。
別に驚いてなんていませんけど、名乗りもせずに突然話し掛けてくるなんて随分礼儀知らずですわね!
思わず虚勢を張って高圧的に応じる彼女に男性は困ったような表情になって言った。
そういえば名乗ってなかったね。驚かせたなら申し訳ない。私は久本純斗。高校教師をやっている。
私の担任するクラスの生徒がここから来ていた子でね。引き取り手が見付かったとは言っていたが心配で見に来たんだ。でももう引き取られた後だったようだね
べ、別にそんな事わかっていましたわ!
本当は知らなかったのだが長い施設暮らしで虐められ、虚勢を張るのが常になってしまった彼女はそんな対応で返してしまう。
しかし青年にはそれがわかったようで、優しい声で彼女が欲しかった情報を教えてくれる。
周辺の方に訊いたんだけど、ここで暮らしていた子供達は皆慌てて引き取り手を捜してそれぞれ引き取られたようだね。でもまだ連絡が取れてない一人だけはそれが出来ていない、との事だった
!
今までそのような対応をされた事の無かった少女は驚いた様子で純斗を見る。
・・・大体皆こんな態度を取るわたしを見て引いて行くのにこの人は違うんだ・・・・・・
そんな事を思う彼女に純斗が尋ねる。
もしかするとその子ってのは君の事かな?
少女はそれに黙って頷いた。
話してしまうといつもの虚勢が出てしまうと思ったからだ。
そんな彼女に純斗は再び静かな優しい声で続けた。
君さえ良ければだけど私の所に来る?
私の所というか・・・私の勤める学校には寮があるんだ。
小中高一貫校だから君の学ぶ場所も生活する場所も用意出来るし、何より安全だから。
理事長も優しい方だから頼み込めばきっと入れて下さると思うし・・・もし無理でも私が引き取るから。
きっと生まれ育った施設を離れるのも転校も突然の施設経営者の死も辛いと思うけど・・・その分私が君を守るし大切にするから
・・・うっ
その優しい声に押されるように少女の目からは涙が溢れ出す。
彼女は泣きながら何度も何度も頷いた。
彼の優しさが嬉しかったのと解けた緊張感がそうさせた。
――それから五年後。
当時の少女……空木姫花(うつぎひめか)は救ってくれた男性、久本純斗(ひさもとじゅんと)が教師として勤務する准聖(じゅんせい)学園高等部に学園寮から通い、担任となったその彼に淡い恋心を抱く高校生になっていた。
しかし虚勢を張ってしまう性格は相変わらずで中々素直な気持ちも伝えられずに居た。
そんなある日日直で残った姫花はクラスメイト全員の帰宅を待った後、木の教卓にシャーペンで文字を書いた。
純斗先生・・・大好き
先生……気付いてくれるかな?
改めて書いてしまうと心臓の鼓動が激しくなる。
気付いて欲しいような、そうでないような……。
そんな不思議な気持ちだ。
そのドキドキを楽しみながら彼女は教卓前の自分の机で書き上げた日直日誌を持って前側の入り口から教室を出た。
そんな彼女の姿を教室の後ろ側の入り口から見ている少年が居た事には全く気付かなかった。
その翌日、姫花は普段より早く寮を出て登校する。
その理由は昨日書いた文字がどうなっているのか気になっていたからだ。
微かな期待を抱きながら登校してくるとまだ教室に他の生徒の姿は無かった。
それに思わずホッとしながら教卓の例の文字を見た次の瞬間、姫花は叫ばないように思わず口を手で押さえた。
消えてる!
そう。確かに昨日はあった筈のシャーペンの文字がどこにも無かったのである。
先生が気付いてくれたのかな?・・・だと良いな
本当にそうだとは限らないのだが、それでも笑顔になるのは抑えられなかった。
嬉しいな
そう思いながらその教卓の目の前の自分の机に座ったその時廊下の方から気になる女子生徒の会話が聞こえた。
ねぇ純斗先生が結婚するって知ってる?
……え?
想い人に関するとんでもない話題に思わず聞き耳を立てる。
何それ嘘でしょ?
純斗先生の教え子のお姉ちゃんが言ってたから信憑性のある噂だよ
えーショック……でも先生も今年で確か28歳だもんね
姫花は目の前が真っ暗になったような気がした。
そんな話聞いてない
純斗は姫花の学費を出してこの学園に通わせてくれているし理事長に交渉して姫花に住む場所を提供してくれた恩人であるから今でも気に掛けてくれ、交流もある。
そんな重要な話を姫花が知らない筈が無かった。
しかし彼の年齢の話を聞いて改めて考えてみるとどうしても正しい情報に思えてくる。
……私のこの想いはどうすれば良いんだろう……
そう思って俯いた時、机に書いてある文字が目に入った。
何これ?
そこには
貴女に話があります。今日の昼休みに桜の木の所まで来て下さい
シャーペンでそんな文字が書いてあった。
そしてこれがきっかけで彼女は彼と出会う事となる。
とても優しく切ない瞳で彼女を見つめる彼に。
好きです俺と……付き合って下さい。俺なら絶対にアイツよりも貴女を幸せにします。
……叶わない想いを抱えるのが辛いなら俺を利用したって構わないから
これはそんな彼と彼女と先生の・・・優しく暖かな純愛物語。
fin
※姫花のアイコン修正しました