夜が人を狂わせるのか
 それとも
夜は人の本性を照らすのか

いずれにせよ

闇の中でこそ
はっきりと見えてくる
人の姿がある
光に覆い隠されていた
本性が透けて見えてくる

ショーコ

どこに行くの?


しばらく無言のまま進む車内の重い空気に耐えかねてショーコが口を開いた。
車はすでに郊外を抜け、山道に入ると速度をさらにあげ、街から遠ざかっていた。
街灯もまばらで、ヘッドライトに照らされた空間だけがスッポリと切り取られて見えた。

竜也

ん?ああー
もうすぐ着くさ


竜也はバックミラー越しにチラッとショーコを見た。
そして助手席のケイに視線を向けた。

ショーコ

そんなこと言って、どんどんなんもない山道に向かってるんですけど?

竜也

んー、ショーコってばウルサイなあ
ケイちゃんの友達だっていうから、同じ系かと思ったのに

ショーコ

同じ系って何よ!

竜也

んー、なんつーかな、俺と同じ匂いっつーか、世の中に飽きてるっつーか……そんな感じ?

ショーコ

なっ なによ!あんたなんかとケイをいっしょにしないでよ!
ほら、ケイも何かいいなさいよ

ケイ

え?んー……
ほんとはどこ向かってるの?リュウくん

竜也

ん?あー
ケイちゃんとイイコトしたいなーなんて思ってたんだけどね?
思いっきしっ!
ひゃはははは

ショーコ

な!どっかに連れ込む気なら帰るわよ!


キキキキキーーーーーイッ

竜也

あー?でもこっからじゃ遠いぜ?


竜也は突然、車を停めると後ろを振り返りショーコを睨んだ。

ショーコ

い、いいわよ!ヒッチハイクでもなんでもして帰るから!

竜也

クックックック
いいのかい?この辺、出るらしいぜ?

ショーコ

な、何が出るっていうのよ!
幽霊とか信じないんだからね!
さ!ケイ行くよ!


バタムッ

ショーコはケイの手を引いて車を飛び降りた。

竜也

まあ、いーけどさあ
俺は知らないぜ?
どーなってもさ……


竜也の車がゆっくりとUターンし後を追う。

ショーコ

ちょ、どーいうつもりなのアイツ!やっぱヤバイじゃん

ケイ

えっあー、もしならショーコちゃんだけ逃げてくれても……


ケイは弱々しくつぶやいた。

ショーコ

なに言ってるのよ!こんなとこ、置いてけるわけないでしょ!さ!こっちよ!


ショーコは脇に小道を見つけると、ケイと一緒に闇の中に飛び込んだ。
道の入口で車を停めると竜也は大声で叫んだ。

竜也

おーいー!そっちはアブナイぜ?知らないからな―ーーーっ


そしてニヤリと笑うと携帯電話を取り出した。

竜也

ん?
ああ……ああ
計画とは少し違うけど……うん、うん
……そっちに向ってるよ
それじゃあ後はよろしく……え?
あ、ああ……ああ、こっちは……俺が?……分かったよ


そうしてメガネを外すと空を、月を見上げた。

竜也

はあ~、俺、あんま好きじゃないんだよねえ―山道とか……虫刺されるし


グルルルルルルゥゥゥゥウウ

次の瞬間、山道を這うように走る獣のような声があった。
時々立ち止まり、匂いを嗅ぎながら、ショーコとケイの後を正確につけていった。

ショーコ

キャッ


ガラガラガラ……

崖を踏み外しそうになったショーコをギリギリのところでケイが掴んだ。

ショーコ

月夜で良かったわね。これ、月がなかったら真っ暗だわ


ショーコはできるだけ明るい口調で話しかけた。

ケイ

でもぅ、ショーコちゃん、この道でいいのかな

ショーコ

大丈夫、大丈夫よ……それに……なんだか誰かが後ろに居るような気がするのよね……

ケイ

え?ゆ、ユーレイさん……

ショーコ

そ、そんなハズないでしょ。でも熊とかなんかだと嫌だし、このまま進みましょう


ショーコは追う者が居ることを感じていたのか、分からないが、とにかく急いで先へ先へと進んだ。
川沿いの道は月に照らされ、進むことはさほど難しくはなかった。

しかし……道はくねり、川は切り立ち、渓谷となっていった。
それでも引き返すことは難しく、進むしかない。
すると……前に吊り橋が見えた。

ショーコ

橋……ね……橋を渡って川を下ればアイツに会わずに街に戻れるかも……


ショーコは独り言のようにつぶやいた。

ケイ

ショーコちゃんありがとう……

ショーコ

ふふ、どう?ケイ、こんなことも『はじめて』でしょ?真夜中の逃避行とか!

ケイ

うん


ケイは確かに、こんなことは『はじめて』だと思った。
この時はまだ……

ショーコ

い……いい?ワタシから先にいくね


そう言って細い吊り橋をショーコが先に渡っていく。
時おり橋から落ちる小石が足元の渓谷に落ちるが音はしない。
高すぎて、吊り橋が風に揺れている。

ショーコ

いいわよーーーーー!来てーーー!


やっとのことで橋を渡り切ると、ショーコは振り返り、安堵からか大きな声を出した。

ショーコ

ダ、ダメーーーーーー!


しかし、ケイが橋を1/3ほど渡ったところで気がついた。
ケイの背後に何者かが迫ってることに。

ショーコ

ケ、ケイ!後ろを見ないで急いで!


後ろを見ないで……このアドバイスに従える人間がどれほどいるだろう?
警戒心であれ、好奇心であれ、後ろを見ないで走る。
それは当然ケイにとっても難しいことだった。

竜也

ケイちゃんみーっけ!


振り向けば、そこには竜也が立っていた。
肩で息をしているケイに対して、まったく息も乱れていない。
そして、手に光るモノを持っていた。

ショーコ

やめてやめてやめてーーーーやめなさい!

ショーコはそれがナイフだと思い、必死で叫んだ。
が……
ケイは竜也に後ろ手に羽交い締めにされるように押さえつけられてしまった。

ショーコ

やめなさいよ!アンタ!

ショーコは一歩、ケイの方へ歩き出そうとした。
すると……

もうひとりの竜也

それ以上動くんじゃない


背後で声がした。
恐る恐る……ショーコが振り返ると……

ショーコ

ア、アンタ……ふ、双子だったの?


そこにも竜也が居た。
まったく同じ容姿で同じ声だった。

もうひとりの竜也

双子だって?俺らは六つ子だ
ま、一族じゃ少ないくらいだけどな

その竜也は明らかに手にナイフを持っているのが見える。
それを、何かの映画で見たように上下にシャカシャカと振り回している。

ショーコ

ど、どうするつもり?

もうひとりの竜也

ん?


竜也はショーコの目をのぞき込むと勿体つけたようにしばらく悩んだような顔をしてみせた。

もうひとりの竜也

あー、あれだな。オマエしだい……かな。オマエも……あっちの彼女もさ


竜也の口は裂けんばかりに引きつり、笑いを必死でこらえてるようだった。

ショーコ

お、お願い……助けて……
なんでもするから……助けて……
ケイを助けて……あげて……

もうひとりの竜也

なんでも?


ショーコは下唇を噛みしめると覚悟を決めたように繰り返した。

ショーコ

な……なんでも……する

もうひとりの竜也

はっ
ショーコ、オマエ、イイヤツだな


竜也の口が大きくニヤけると顔が歪んで見えた。

もうひとりの竜也

じゃあ、キスをしよう
深いキスを

ショーコ

え?
ええ……
ングッ

言うが早いか竜也はショーコの後ろ髪を掴んで顔を自分に押し付けた。
一瞬戸惑ったショーコも諦めたように従い、唇を許した。

ケイはその一部始終を橋の上から見ていた。
見ているしかなかった。
自分が招いたこの悲劇を見ていることしか出来なかった。
それでもショーコは……いや、ケイも勘違いしていた。これは命に関わる危機ではなく、貞操に関わる危機だと
しかし……

チュパチュパチュパア
 ズズズズズゥー

闇に執拗な竜也の舌使いが響いた後……

ショーコ


ショーコのカラダがビクんっと跳ねた。
首筋から鮮血が吹き出し、竜也が投げ捨てるように手を払うと、ショーコのカラダは崩れ落ち、地面にたたきつけられた。

見れば竜也の口からも血が滴っている。

もうひとりの竜也

死ぬ瞬間の味はどうかと思ったが
別にーって感じだったぜ

ケイ

キ、キィヤヤヤヤヤヤヤャャャャァーーーーーッ

このとき『はじめて』ケイは心の底から叫んだ。
ショーコの首はちぎれんばかりに裂け、その瞳に浮かんだ涙に月が輝いていた。

竜也

ふふ…… ふははははははあーー
ほら、オマエのお気に入りの『はじめて』の恐怖だろ?
気に入ったろう?
さあ、次はオマエの番だ
はじめての死だ!
はっはっはっはっはーっ

ケイ

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!!!
ああ……いいえ、違わない
そう……これは……この月は……見たことがある……
私のせいでショーコちゃんが死に……
私も死ぬ……
なぜなの?すべて逆ばかり選んで生きてきたのに……
結局は同じ結末なの?
イヤァァアァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!


ケイは叫ぶとガクンと崩れ落ちた。

竜也

なんだコイツ?


手をすり抜けて倒れこんだケイを竜也が見下ろしている。
そしてもうひとりの竜也も近寄ってきた。

もうひとりの竜也

おい!どうした?やったのか?見えなかったが……やったなら新鮮なうちに持って帰ろうぜ

竜也

ん?ああ……コイツ勝手に倒れやがった。病気じゃねーの?大丈夫かな

もうひとりの竜也

病気?そりゃやべーなあ
ま、兄貴達に食わせればいいんじゃね?
ひゃはははは

竜也

それもそうだな
じゃ、とどめ刺しとくか

俯いて目を見開いたまま話を聞いていたケイはスクッと立ち上がると

ケイ

そんなことさせない


と言うとあっという間に橋から身を投げた

竜也

あっ チクショウ!この深い谷じゃあ無理じゃねーか。探してるうちに朝になっちまう


ケイの体はグングンと落ちていった。
引っかかる木の枝も、包み込む滝つぼもない
地上につく頃には即死であろうことはハッキリとケイにも分かっていた。
しかし、ケイの頭の中はそんなことは考えていなかった。
唯一思ったことそれは

ケイ

これ……知ってる……

ということだけだった………

やがて静寂が夜をつつんだ
水の流れ
木々のささやきが
月明かりに揺れていた

あらかじめ用意された死

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