サクラさんは、荷物をまとめると秘密基地を出た。

 私と小夜は、あわてて追いかけた。

 サクラさんが言った。

さっそく施設を調べたい

えっ

うん?

 せっかちだなあ――と思ったけれど、サクラさんは欠点の無さそうな人なので、私はそんな彼女の落ち着きのなさにむしろ安堵した。

 小夜もなんだか、ほっとした顔で鼻の頭をかいている。

 サクラさんはそんな私たちを見て、ぽんと手を叩いた。

 私が首をかしげると、彼女はこう言った。



今、ふと思い出したのだが――。監察官のメッセージにたしか『温泉から南に4歩』という暗号があったな?

……うん

私が以前住んでいたところに、近隣住民が共同で管理している露天風呂があった

まさか!?

いや、そんな都合の良い偶然などないとは思うが、しかし、念のため確かめておきたい

じゃあ行こう

うん!

キミたちも来てくれるか?

もちろん!

どこにあるんですか?

駐屯地方面だ。ホームセンターの北、ナノエジョウ駅の西側になる

そこに住んでいたんですね?

ああ

 サクラさんは、昔を懐かしむような、そんな笑みでうなずいた。

 普段とはまるで別人のような、ちょっと乙女な感じである。



って痛!?

貴様、今、私のことをバカにしたな?

してないっ、してないですっ

はあん?

いや、ほんとですって!

そうか

 サクラさんは、私の腕をほどいた。

 それから、悪かったな――と言って、ぺろんと私のお尻をなでた。

 この理不尽でワガママな愛撫がたまらない。

 女にしておくのがほんともったいない。

 サクラさんの愛撫は、メス奴隷を何人も従えていそうな、王者の風格なのだった。


行くぞ

はいっ

と、その前に。貴様らは駐屯地に連絡を入れなくても良いのか?

え?

国道の痴女を倒すために駐屯地から出たのだろう? 仲間が心配しているんじゃないのか?

あーそう言えば、あれから結構経っている

無線か何か持ってきたのか?

一応、無線機がジープにありますけど

国道の北側なら電波が届くだろう。声を聞かせてやるといい

 サクラさんはそう言ってジープに乗った。

 私と小夜が乗ると、サクラさんはジープを走らせた。

 あたりに痴女はいない。

 私たちは、なにごともなく国道を越えた。

 露天風呂に向かう途中に無線を使った。


もしもし、こちら智子。聞こえてますか?

 だけどノイズがするだけで応答はない。

 私と小夜は、目と目をあわせると、同時に首をかしげた。

 もういちど呼んでみた。



もしもし、こちら智子。いつき、聞こえるぅ?

 すると無線から、割れた声がけたたましくわめき散らした。


智子!? 智子、智子、智子! 智子、智子、智子! 智子、智子、智子なの!?

 まるで目覚まし時計のような激しさである。

あー、いつきぃ? 元気だった?

智子、大丈夫!? 怪我はない!?

うん、大丈夫だよ。そっちはどう? なにかあった?

痴女は倒したの!? あっ、無理して倒さなくて良いからね!? 智子が無事ならそれで良いからね!?

ありがとう。でももう倒しちゃったよ。でね、実は南に行ったんだけどさ

良かった! ほんと良かったよう! ねえ智子、怪我はないんだよね!? 智子は無傷なんだよね!?

あの……

 いつきは興奮しすぎて、まったく会話にならなかった。

 私は、まるでお母さんのようなため息をついた。

 すると小夜が、私から無線機を奪った。

 そして言った。


おい、いつき。私も無事だぞ! 智子のことばかり心配すんな!!

あー小夜

なんだよ、もっと喜べよお。急にテンション下げるなよお

ううん、智子の声が聞きたいの

なんだよお

 小夜は、ぷっくらと可愛らしくほっぺたをふくらませた。

 すると無線機の向こうで、ぷっと噴きだす声がした。

 いつきが笑いだした。


ごめんね

まったく

冗談だよお

そんなの分かってるよお

えへへ

あはは

ねえ、いつき?

なあに?

国道で女の人に会ったんだよ。それでその人とこれから帰るんだけどね?

うん

途中で、ちょっと寄るところがあるの

遅くなる?

ううん、大丈夫

もし遅くなるようだったら、そのときはまた連絡するよ

うん分かった。ねえ、小夜?

あん?

智子を頼んだよ? ちゃんと見張っているんだよ?

あはは、分かってるって

ねえ、智子?

うん?

連絡ありがと。嬉しかったよお

 いつきは、しあわせいっぱいって感じの声をもらした。

 無線機からメスのフェロモンが、どばどばとあふれ出てるようだった。

 私は思わず無線機を放り投げると、小夜の服で手をふいた。


 小夜は思いっきり眉をひそめた後に、ぺちんと私の頭を叩いた。

 それから私の太ももを――相変わらずのオッサンみたいな手つきで――まさぐった。

 そんなことをしながら無線でいつきにこう言った。


じゃあ、そういうわけだから切るね

うんっ、あっ、あのね?

ばいばいっ

 小夜は無慈悲に切った。

 いつきは、なにか言いたそうだったけど容赦なかった。

 まあ、これはいつものことである。

 いつきは、おしゃべりが好きだから、小夜が強引に終わらせないといつまでもだらだらと話してしまうのだ。


すみません、長話しちゃって

かまわない

今のが親友のいつきです

ふふっ、モテそうな女の子だな

あはは

実際、男子にすごく人気だったんですよお

ずっと智子に夢中だったけどねっ

 小夜がチクリと言った。

 するとサクラさんは、くつくつと笑いだした。

 懸命に笑いをこらえてるんだけど、こらえきれずに笑ってる。


すまないっ。普段の3人のやりとりをつい想像してしまった

はあ

仲の良い3人が生き残ってよかったな

 サクラさんは突然しんみり言って、私たちに微笑んだ。

 それから、じわっとジープを減速させて路肩に止めた。

 そして言った。


以前、あの家に住んでいた。露天風呂はそこの林の先にある

あっ、日本海が見える

綺麗なところだねえ

行ってみよう

 私たちは、おそるおそる、かつ、大胆に露天風呂に向かった。

 露天風呂は、雑木林に囲まれて道路からは見えないようになっている。

 私たちはサクラさんを先頭に進んだ。

 しばらく小道を歩いていると、脱衣場に出た。
 脱衣場は簡素でこぢんまりとしている。

 奥の扉を開ければ、きっとその先が露天風呂なのだろう。

 私たちは目と目をあわせると、なぜか無言でうなずいた。

 と。

 そのときだった。



あれ?

しっ!

 露天風呂から人の気配がした。

 誰か気持ちよさそうに歌ってる。

 しかも2人。

 美声がみごとにハモってる。

 私と小夜は、サクラさんに救いを求めるような目を向けた。

 するとサクラさんは無表情で無感情に言った。


歌う痴女というのはいるかもしれないが、しかし、それがペアで仲良く歌っているというのは、ちょっと考えられないな

 それからサクラさんは、扉をぶっきらぼうに開けた。

 拳銃を構えて飛びこんだ。


警察だっ

 するとそこには、裸の女の子が2人。



………………

………………

 おそらく高校生くらい。

 綺麗なお姉さんと可愛い妹って感じ。

 2人の美少女が全裸で露天風呂の真ん中に突っ立っていた。


私は警視庁の桜田門。貴様らが人間か確認したい。なにか言え

………………

……警視庁ということは、東京から来たのですか?

貴様は?

 サクラさんは、小さいほうの美少女に拳銃を向けた。

 すると小さいほうの美少女は、むすっとした。

 サクラさんが無表情のまま拳銃の撃鉄をおこす。

 すると大きいほうの美少女が、小さいほうを小突いた。

 小さい美少女は露骨に嫌な顔をして、それからこう言った。


私たちも東京だ

そうか

 サクラさんは拳銃を下ろした。

 2人の美少女は、ほっと安堵のため息をついた。

 サクラさんは、そんな2人を見ると、拳銃を向けたことを謝罪した。

 ビシッと頭を下げて、ひどく真面目な謝りかただった。

 大きいほうの美少女が言った。



世界がこんな状態では無理もないことです。警戒は当然のことでしょう

すまなかった

いいえ

ところで。貴様らは、東京から来たのか?

ええ

なぜこんな……いや、誤解をおそれず乱暴な言葉で言うが、こんな田舎に、なんで来た?

………………

……それは

 大きなほうの美少女はそう言って、私と小夜に視線を移した。

 それから小さなほうの美少女と目と目をあわせると、彼女は、なぜか不敵な笑みでこう言った。


痴女騒ぎが起こったとき、私たちは渋谷にいました。痴女に追われ追いつめられて放送局に逃れました。そしてそこでコシノクニからの通信を聞きました

じゃあ、あなたはあのときの放送局に?

立花智子さん……あなたがあのときの女子中学生ですね?

うん

私たちは、あなたの放送を聴きました。素晴らしい言葉でした。私たちは、あなたの言葉に心をうたれ、はげまされ、突き動かされて最後まであがくことにしたのです

じゃあ、あのときのオバサンは?

キッ!

えっ!?

………………

……残ったのは、私と妹だけです

そんなあ……

 私はガックリとうなだれた。

 小夜が気づかって私の肩を抱いてくれた。

 大きなほうの美少女は感情をおさえてこう言った。


私たちは、あなたの言葉にはげまされて、生き延びることができました。たしかに8人は死にましたけど、自殺をするより苦しむことになりましたけど、地獄を見ることになりましたけどっ、それでも2人残りました。そのことだけでも、あなたの放送は意味があったのでしょう。あなたの言葉には、たしかに人を動かす力がありましたよ

 なんだかトゲのある言いかただよ――そう思って口をとがらせていると、2人の美少女は露天風呂から出た。

 大きな美少女がサクラさんに、すっと頭を下げた。

 それから私と小夜に微笑んだ。


コシノクニは良いところですね。私たちは、しばらく観光を楽しむつもりです

 大きな美少女はそう言って、脱衣場に入った。

 私たちが、きょとんとしていると、小さな美少女がキッとにらんできた。

 思わず頭を下げてしまった。

 すると、小さな美少女は不敵な笑みをした。

 それからいきなりダッシュした。

 私たちに向かって突進してきたのである。




えっ!?

あっ!?

 私と小夜があわてると、サクラさんがぐっと抑えた。

 それと同時に、美少女は天高く飛翔した。






 美少女は、私たちを飛びこえ脱衣所の前に着地した。
 振り返ると、吐き捨てるように言った。



人の心を簡単に盗まないで

 そして美少女は、リボンを結わい直すと、露天風呂を出ていった。

 口をあんぐり開けてこれを見送っていたサクラさんは、やがて、



ずいぶん気性の荒い女だな

 とつぶやいて、それからつけ加えた。



夜も激しそうだ

ウーマン・フロム・TOKYO

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