秘密基地はこっちだ

 そう言ってサクラさんは、修理部の側壁に私たちを誘った。

 お店とお店との隙間を奥まで進んだ。

 行き止まりのすこし手前だった。

 サクラさんは、壁の亀裂に鍵を刺した。

 するとタッチパネルが浮かびあがった。

 サクラさんは、パスワードを入力しながらこう言った。


そこのダンボールの裏に階段が現れる。階段を下りたところが秘密基地だ

えっ、うん

あっ、階段だ

 サクラさんは、すばやく階段を駆け下りた。

 私と小夜はワクワクしながら、とにかく後を追った。

 突如現れた階段を下りたのである。

入口は自動で元に戻る

 サクラさんは、階段を下りきったところでそう言った。

 私はあたりを見まわしながら、うなずいた。

 言葉がなにも出ない。

 ここはコンクリートと鉄とガラスでできた広大なエリア……ハイテクでモノトーンな地下施設だった。壁面にはディスプレイが並び、別の壁面にはハイスペックのPCや周辺機器が並んでいる。



あっ、電気がちゃんとある

ほんとだ

独自電源だ。もちろん水道やガスも独自のもの。ただ、ネット回線は相手のサーバー次第だな。これは自衛隊の駐屯地も同じだろう?

うん

でも、すごいっ

ここは要人を痴女から守るためのセーフハウスを兼ねている。痴女は侵入できないから安心していい

 サクラさんはそう言って、ノートパソコンをテーブルに置いた。

 それから充電ケーブルを刺して電源を入れた。

 パソコンが壊れていないことを確認して、サクラさんは言った。



この秘密基地は、認識コードがないと出られない。認識コードは、私のスマホに入ってる。これからシャワーを浴びようと思うのだが、もし外に出たいのなら言ってくれ

いえ大丈夫です

うん

分かった。もしなにかあったらすぐに知らせてくれ。冷蔵庫には、軽食や飲み物が残っているはずだ。適当に食べながらくつろいてほしい

うん

 私たちがうなずくと、サクラさんは奥に入っていった。

 痴女との戦いで汚れたからサッパリしたいのだと思う。

 見た目通りに几帳面で綺麗好きなサクラさんなのだった。



智子! 冷蔵庫にいろいろあるぞ

あっ、ほんとだ

六甲の美味しそうな水に、スポーツ飲料、美味しそうなお茶、あとこれは見るからに体に悪そうな炭酸飲料

いかにも避難所の備蓄品って感じ。そのなかに、ちょくちょく変なのが混ざってるね

きっと私物だよ

サクラさんの?

それと警護対象とかいうゲームオタクの

彼氏?

だよねー

 私と小夜は、スケベな笑みで大きくうなずいた。

 サクラさんは、そんなことは全然言っていなかったけど、でも明らかに態度がおかしかった。その人の話をするときだけ、どこかモジモジしているというか、そっけないんだけど、でも、恋する乙女って感じだったのだ。


あれは付き合っていたよね

うーん、少なくともサクラさんは恋してたかな

 小夜は冷蔵庫をのぞきこみながらそう言った。

 あれほどノリノリだったのに『警護対象はサクラさんの彼氏』説に否定的な声色だ。

でもさあ、サクラさんみたいな美人が好きになったら、どんな男でもOKでしょ。相手はオタクみたいだし

智子、分かってないな

 小夜は胸を張って、ふふんと、鼻をこすった。

 私が首をかしげると、小夜はスポーツ飲料を手に取った。

 私も私物っぽいものを避けて飲み物を手に取った。

 そして同時に、ぷしゅっと開けて一口飲んだ。

 小夜は得意げにこう言った。


冷蔵庫の扉の裏にさ、細々とした私物があるじゃん?

ああ、ほんとだ。小瓶が何個かある

置き場や種類から判断するに、ふたり分なんだよね

うん、明らかに趣味が違う。同じ年頃っぽいけど、でも好みが違う

智子、これ化粧品やサプリだよ?

うん

まだ分からない?

うーん

 私は笑顔で首をかしげた。

 すると小夜は自信満々に断言をした。


この私物のどっちかは、サクラさんのもの。そしてもうひとつの私物は、サクラさんと同じ年頃の女性のもの。つまり、オタクな高専生を女の子ふたりで警護していた

えぇっ? そんなハーレム展開!?

女ふたりで、男を奪い合っていたんだと思う

 小夜はニヤリと笑ってそう言った。

 私は飲み物をゴクリとのみこんだ。

 小夜もスポーツ飲料をぐいっと飲んだ。

 そして私と小夜は、目と目をあわせるとクスクスと笑い出した。

 あの真面目でストイックなサクラさんが三角関係で男を奪い合うとか、ちょっと考えられない。ガツガツ攻める姿がまったく想像できないのである。



智子まずいよ、笑ったらダメだよ

うん、サクラさんにもうしわけないよね

だから笑うの止めなよ

小夜だってえ

笑ってないよ

笑ってるじゃん

 と、ひとしきり笑った後で、なんだか私はむなしくなってしまった。

 そう。私にはそんなキラキラとした思い出なんかないし、それにこれからもちょっとそういう展開は期待できそうにない。

 そもそも痴女パンデミック以降、男性なんか見ていないのだ。

 同年代の男子と、しかも恋に落ちるような心身共にイケメンな男子と出会うとか、まず無理だと思う。と、私はシビアに現実を見ている。


だいたいサクラさんに、ときめいてるくらいだもんなあ

あはは。智子って分かりやすいよね

えっ? 分かる?

目にハートマークが映ってた。というか、全身からハートマークが出てたよ

ウソっ!?

いつきに見られたら殺されちゃうよっ

もう止めてよお

 私は、ぺちんと小夜を叩いた。

 小夜はおどけて仰け反ると、ぺろんと私のお尻をなでた。


あぁん

 私が腰をくねらせると、小夜は、二カッと笑った。

 そして同時に笑いはじめた。


でもさ智子ォ?

うん?

これからどうするの? サクラさんと駐屯地に戻るでしょ?

うん、それがどうしたの?

いつきとサクラさんが会ったらマズイと思うんだよね。智子と三人で三角関係になる。サクラさんはクールっぽいけど、でも、いつきは結構どろどろしそうだよ?

そうなる?

なるって

ならないよお

どうして?

たぶん、いつきもサクラさんに憧れるよ。私と一緒にサクラさんのファンになる

あー、そういう展開かあ

ありえるでしょ?

ありえる

 私と小夜は同時に、夢見るような顔をした。

 小夜もなんだかんだでサクラさんに懐いている。

 そうなのだ。

 サクラさんは、女子中学生なら誰しも憧れを抱かずにはいられない、凛とした清廉な美少女だ。中学3年のときとか、女子からたくさんラブレターをもらっていたに違いない。


チョコ棒を取り付けたパンツとか、はいてくれないかなあ

実は男だった……というサプライズは?

好いね

そういう展開、ほんと期待しちゃうよね

うん、サクラさんに男の子が生えててくれないかなあ

 ぼんやりそんなことを言っていたら。

 後ろから突然スカートをめくられ、パンツのなかに手をつっこまれた。

 そして、ぐいっと乱暴にお尻のほっぺたをワシづかみにされた。


こらっ

はうぅ

なにをふたりで話している

あのっ、うふぅ

陰口はよくないな

いやぁっ

 と、悲鳴に似た声をあげて腰をくねらせると。

 サクラさんは、ぐいっと後ろから体を密着させてきた。

 ニヤリとサディスティックな笑みをした。

 それから耳もとでささやいた。


言いたいことがあるならハッキリ言え

……好きです

ふふっ

 サクラさんは、私の胸を乱暴にひっつかんだ。

 そしてブラの上からカリカリした。

 それは繊細で妙に気づかいのある刺激だった。

 ああ、オトナの女性は私の知らないところで、こんな刺激を愉しんでいたのか。


あっ、ああん

 私は今まで経験したことのない快美に身をよじった。

 ただブラの上からさわられているだけなのに。

 たった1本の指だけで私は絶望的な多幸感に襲われ失神寸前だ。

 が。


暗号を調べようか

 サクラさんはそう言って、すっと離れた。

 冷蔵庫から六甲の美味しそうな水を取り、スタスタとノートパソコンのところに行った。その背中を呆然と見ていた私は、やがてノドのつまった声で叫んだ。


あのっ、あと少しだったんですけどっ

ああ、分かってる

えっ?

そのまま最後までヤッたらご褒美じゃないか。罰にならない

はぅ

 私が泣き出しそうな顔をすると、サクラさんはものすごく悦んだ。

 ああ、やっぱりこの人、ガチのサディストだ。
 私は、くやしがっていいのか喜んでいいのか、すこし悩んだ。

 サクラさんは、今までのことはサッパリ忘れたって感じの無表情で、無感情に言った。


よし、さっそく分かったぞ。『イロイッカイズツ』は、ブラックオニキスというレトロゲームの言葉だ。これは、エリア毎に壁の色が違う迷宮で、1色1回というルールですべてのエリアを通れ――という意味だ

そのルール通りに歩くと、どうなるんですか?

次のステージへのドアがあらわれる

次のステージ?

まあ、キミたちの役に立つなにか装備や機械が隠してあるのだろうな

それをヤマイダレさんが

なにか心当たりはないか?

壁の色がバラバラな場所ですか……

ショッピングモールにあったっけ

 私と小夜は懸命に考えた。

 そしてしばらくの後、私は、ぽんと手を叩いた。


ヤマイダレさんが冷凍睡眠していた地下だ。きっとあの研究施設だよ

あー、エレベーターで下りたところ

たしか、イシイ研究施設

なるほどっ

 サクラさんは不敵な笑みでノートパソコンを閉じた。

 それから気力に満ちた目をして立ち上がると、彼女はこう言った。


旧・日本陸軍の極秘細菌兵器研究所、通称:イシイ研究施設。そこには、きっと何かとんでもない物がある。ヤマイダレ監察官は、それをキミたちに託したのだ

コシノクニ高専の秘密基地

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