…………

信一郎

素人が片手でマグナムを撃つから……
もう治ったよ、痛かっただろう
血涙のこともある
君はもう少し自分を気遣いたまえ

ありがとう、車屋さん
もう肩も動くから、問題ないわ

私は元通りになった肩を軽く動かした。
車屋さんは何でも出来るのだろうか?
スポーツ医学まで学んでいるとかなんとかで、断りを入れてから私の脱臼を簡単に治療してしまった。

鈍痛と違和感こそあれ問題なく動いた。
助かったので、お礼を言う。

信一郎

大した覚悟の決めっぷりだよ逆井
その変り身の速さには僕も脱帽だ

勝てば官軍負ければ賊軍、と言うわ
死人に口なし、私は黙して語らず
負けるからいけないのよ

信一郎

真理ではあるね
こんな状況だ
勝てば正義というのは強ち間違いでもないか

車屋さんは治療に使った紐を壁にあるフックに引っ掛けながら言う。
その通り。勝てば、正しい。
私は勝った。だから、生きる。

陽菜

ねえ……逆井さん……?
肩、凄い音してたけど……
痛くなかったの……?

痛みは酷かったけど、痛くはないよ

陽菜

つまりは痛みの感覚が麻痺ってる?

怖々、神田さんは私に聞いてきた。
肩は痛かったけど、痛くない。
それとしか言いようがない。

信一郎

神田の指摘通りだ
逆井は今、一種の脳内麻薬が分泌されているのかもしれない
痛みは自覚できるけどカンフル剤みたいな役割を果たしているからだろう
脳が痛覚に鈍感になっていると見た

信一郎

普通なら、肩関節脱臼なんてのは痛いで済むレベルじゃない
大騒ぎになっているところだよ

陽菜

や、やっぱり……?
あたしも昔、肘脱臼したことあるけど死ぬほど痛かったからさ……

そんなに痛いのだろうか……?
激痛という感覚が何処かであった。
でも、今の私にはよく分からない。
何処までが激痛で、どこまでが只の痛みなのか。

信一郎

逆井、一応僕が応急処置で関節を元通りにしたけど……
一応、ここから出たら医者に行くことをオススメするよ

分かった

忠告されている手前、そうしよう。
もうそろそろ、王手がかかっている。
終了まで、多分もう時間は掛からない。
今この場にいるのは私、神田さん、車屋さんだけ。
チンピラ、板垣さん、上田さんは血塗れの私を見て脱兎のごとく逃げ出した。
あのチンピラでさえ私を畏怖している。
……私は……まぁいいや。

今夜が山場ね

信一郎

そうだね、山場だ

陽菜

なにがっ?

狐の死骸が転がる中、神田さんは敢えてそちらを見ないようにしながら、何とか自分を保っている。
車屋さんは、気にしていない。
私は殺したけど、まぁ……どうでもいい。
それよりも血腥い衣服をどうにかしたい。

残りのグレーはチンピラと上田さん
どうせ『狼』は上田さんだと思うわ

信一郎

奇遇だね
僕も上田だと思っていたよ

車屋さんと共に私は頷いた。
『狼』が狙うのは、残った自分以外のグレー。
恐らくはチンピラは最後の『村人』か現存している『狩人』のどちらか。
だから、狙うとすれば彼か私。
多分チンピラの方を狙う。
潜んでるであろう『狩人』を殺せば共倒れで私が死ぬから。
私を狙っても、どうせ防がれる。
今の残りの『村人』は2、『狼』は1。
勝ち目は薄いけど、一矢報いるぐらいは出来る。

私は『狐』だと決めつけているが、あの言動と状況から推察して考えられるのは『狐』だけ。
車屋さんもそれには異論はないという。
今把握しているのは、板垣さん、神田さんだけ。
でもチンピラは『村人』の可能性が高い。
あるいは彼が『狩人』か。
上田さんは私に対して残りの人よりもより一層分かりやすく恐怖していた。
多分、彼がラスト『狼』。
私に味方してくれているし。
神田さんはそこで質問を挟んだ。

陽菜

不思議なのがさ……
『狂人』は何処に行ったんだろう?

多分一番最初に死んでるあの人だよ

……ここからは、私の推測でしかない。
だが、一連の流れを見てきて分かった。
最初からこのゲーム、『狂人』はいない状態で進んでいたのではないかと。
死んでいれば、邪魔するものがいないのも納得出来る。

最初にあの人は白だと車屋さんが言った
でもそれだと数が一つ多いの
私には『狂人』は村人にしか見えないし
でも今まで私に抵抗したのはお菓子の人だけ
あの人は『狼』だから、『狂人』の出番がない
そう考えれば死んでいると見て妥当じゃない?

信一郎

噛まれた羽田の可能性もあるけど、そうすると役目を放棄していたことになる
彼もまた、傍観している部分が強かったからね

出だしはよかったみたいね
殺し合いをしないですんだわ

信一郎

あの時の君の判断は英断だった
そういうことになるね

ともあれ、『狂人』も既に死んでいる可能性がある。
だから残されている村人は、神田さんと板垣さんか、チンピラの三人のうちの二人。
最初の人か、羽田という人も恐らく『村人』。
そして最後の一人が狩人。
ハブられた上田さんが黒、ということになる。

もしも私が死んだら……
後は任せるわ、神田さん
車屋さんと一緒に上田さんを殺して

信一郎

縁起でもないことを言わないで欲しいな
僕達は死なないよ
僕も善処する
君達を死なせるものか

車屋さんはそう言って、私を見る。
神田さんは……。

陽菜

大丈夫だよ、きっと
逆井さんは最後まで生き残る

自信満々に、言う。
まるでこの反応は……?

信一郎

本当に……何なんだ
この神田というのは?
得体の知れない子だ……

信一郎

素人と言いながら、突然流れに乗る
知るはずのない単語を知っている……

信一郎

素人、というのは恐らく嘘だ
だとすれば、彼女は何者だ……?
なぜここで嘘をつくんだ……?

信一郎

彼女だけは何を考えているか読めない……
単純かと思わせるのも罠か……?
信じていいのか、この正体不明の彼女を

…………

そっか……
神田さんが『狩人』か

今ので分かった。
神田さんが『狩人』なのだ。

私を今まで助けてくれていたのは、彼女だった。
ずっと、私を守ってきてくれていたのは。
彼女は、本当に私を信じてくれていた。
護ってくれていた。

……信じられる。
神田さんなら。
私の生命を、任せられる。

ねえ、神田さん
『狩人』は私を守ってくれるかな……?

陽菜

大丈夫、護ってくれるよ!

神田さんが『狩人』なら、護ってくれる。
その代わり、チンピラは死ぬ可能性がある。
私のかわりに。それは、ごめんなさい。

信一郎

神田は『狩人』か……
成程、なら逆井は死なないな

信一郎

よく考えてみれば彼を『狼』が狙うのは潜んでいる『狩人』だと睨んでいる場合
確証は恐らくない
だが味方するあの言動を見てればそう思っても不思議じゃない

信一郎

だが仮に態度に現さないでいるとしたら
確定白の板垣か神田を狙う可能性も?
迂闊にグレーを減らさないことで隠れ蓑にすることも考えられる
そこは『狼』の手腕にかかっている
まだ……誰が死ぬかは、読めないな……

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